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1話ー①:無理めな片思い

 クリスマス休暇が明けた1月。


 マギア・インペリアル学院のダイニングホールには、久しぶりに顔を合わせた生徒たちが、楽しそうに歓談する姿がそこかしこで見られた。


 ホールの奥では、給仕たちが魔法を使って、次々と料理を整え、温かな香りが漂う。


 リリアナは、フォークを持つ手を止め、目の前の光景に小さな違和感を覚えた。

 ミラとピクルが、当たり前のように並んで座っている。


「ぴーちゃん、これ美味しいよ、食べてみて!

 はい、あーんして」


 肩が触れそうな距離で、ミラはフォークを差し出す。

 一瞬戸惑いながらも、ピクルはそれを受け取った。


「え、あぁ……ほんとだ、うまいな」


 そして二人で顔を見合わせ、柔らかく笑い合う。

 楽しそうな声と微笑みに包まれ、二人の間には甘く穏やかな空気が漂っていた。

 


 その様子をしばらく眺めていたリリアナは、耐えきれず、ばんと手に持ったフォークで皿の肉を刺した。


(絶対に、おかしい……!)


 二人の笑顔が、ただの無邪気な親密さじゃないことを、リリアナはすぐに察した。


 二人の距離感や見つめ合う視線、普段なら距離を置くピクルの態度

 ――すべてが、休暇前とはまるで違っていた。


(この二人……

 休暇中、絶対”何か”あったでしょ……!!)


 直視し続けられず、一度視線を落とし、フォークを持つ手にも力が入る。


(う、羨ましい……

 本当は、私もルシアンともっと仲良くなるはずだったのにー!!)




 話は、休暇開始時に遡る。

 

 休暇初日。

 リリアナは屋敷に帰るため、使い魔のルシアンと並んで、出迎えの馬車を待っていた。


「屋敷に帰るのは久しぶりですね」

「そ、そうね……」


 ルシアンは形式上は使い魔で、主従関係にある相手だ。

 けれどリリアナにとっては、それだけではない。


 ――絶賛片思い中の相手でもあった。


 授業ではいつも隣にいて、使い魔として当たり前のように言葉を交わす相手でもある。


 ――けれど。


 こうして、誰の視線もない場所で、二人きりで並んでいるのは、これが初めてだった。


 彼は、整った容姿ゆえに常に女生徒たちの視線を集める存在だ。

 廊下を歩けば、自然とざわめきが起きる。

 視線を向けられるだけで頬を染める者も少なくない。


 その彼が今は、自分にだけ向けて、穏やかに微笑んでいる。


(二人っきりなんて! これは仲良くなれるチャンス!!)


 リリアナは期待で胸を膨らませていた。



 そして、出迎えの馬車がやって来る。

 御者が扉を開け、リリアナは先に馬車へと乗り込む。


 ――だが。

 振り返るとルシアンは、外の護衛の配置についていた。


「え? ルシアン、馬車の中には入らないの……?」

「? もちろん。護衛ですので」


(ちょっ! それじゃ意味ないじゃない……!)


 せっかくのチャンスが、一瞬で消えかけている。

 リリアナは、思い切ってルシアンに声をかける。


「あ、あの、ルシアンも一緒に馬車の中に入らない?

 歩いて帰るのは大変よね……?」


 学園からリリアナの屋敷までは、数時間程度かかる。

 馬車と並走するなら尚更大変だろう。


「いえ、大丈夫です。その程度なら特に疲れはしないので」


 ルシアンはにっこりと微笑み、あっさりと断る。


(ちょっ、せっかくのチャンスなのに……

 考えるの、考えるのよ、リリアナ……!)


 リリアナは一瞬だけ口をつぐみ、目を伏せるふりをしてから、そっと視線を上げた。


「そう……でも……」


 馬車の中からルシアンを見やり、困ったように微笑む。

 ――あくまで心配している“ふり”をした声で。


「もし何かあった時に、そばにいなかったとなると……

 そっちの方が、問題じゃないかしら?

 最近はこの辺りにも魔族が出るって聞くし……」


 ――真面目なルシアンには、善意よりも“職務”の話の方が効く。

 そこを突いた、リリアナなりの作戦だった。


 ルシアンはハッとした表情を浮かべ、一拍も置かずに顔を強張らせた。


「……確かに。

 リリアナ様のおっしゃる通りですね」


(やった! 思ってた以上に効いてる!)

 リリアナは心の中でガッツポーズをした。


 ルシアンは、そそくさと馬車に乗り込み、リリアナの向かい腰を下ろす。


「護衛として不適切な判断でした……申し訳ありません」


「いいのよ、誰しも間違いはあるわ」


 真剣な表情で謝罪するルシアンを見て、リリアナは思わず顔を逸らし、ルシアンにバレないように笑いを堪える。

 

(ルシアンって思ってたより、単純!

 意外と扱いが簡単なのね!)


 そして、じっとルシアンを見つめて思う。


(でも、そういうとこも、意外とかわいいかも……)




 馬車の中での時間は、リリアナにとって夢のようなひと時だった。


 二人きりで、こんなに長く話したのは初めてだった。


 ルシアンのことを知りたいリリアナは、幼体の頃のこと、学院に入学する前のこと、思いつくままに話題を投げかけた。


 細かな話題は尽きることがなく、気づけばリリアナは、普段の緊張が嘘のように話し続けていた。


「屋敷にいるときは、一体どこにいたの?見かけたこともなかったわ」

「それは……」


 ルシアンの返事が待ちきれず、次の質問を投げかける。


「他の使い魔たちも、一緒に暮らしてるの?」

「あの……」

「普段は、何して過ごしてたの? ねぇ、教えて!」


 リリアナは身を乗り出してじっと見つめ、気づけばルシアンに触れそうな距離にまで近づいていた。


「あ、あの、少し下がっていただいた方が……」 

「あ、ごめんなさい……」


 リリアナの急な変化に、ルシアンがほんの一瞬、戸惑ったように見えた。

 けれどすぐに笑顔に戻り、一つずつ丁寧に答えていく。



「ええっと……

 僕たち使い魔は、全員で十人いるんですが、

 他の従者たちと同じ別邸で一緒に暮らしていて……」

 

「そうなの!それで見かけなかったのね!」


 リリアナは嬉しそうに頬を緩め、無意識のまま、また距離を詰めてしまい、すぐに我に返る。


「あ、ごめんなさい」

「いえ……」


  気を取り直してルシアンは続ける。


「生まれた時から、ずっと一緒なんです。

 リリアナ様に仕えることを目標に、仲間全員で頑張ってきて……」


 話は別邸での暮らしから、訓練のこと、仲間たちとの些細な日常へと次々に移っていった。


 ルシアンが言葉を選びながらゆっくり話すと、そのたびリリアナは目をキラキラと輝かせて聞き入る。


 まるで言葉の一つ一つを逃さず捕まえようとするかのようだった。



 リリアナはふと質問の言葉が止まり、素直な感想が漏れる。


「でも、そんなにたくさん使い魔がいるなんて知らなかったわ」

 

 悪気のない感想だったのに、ルシアンの表情が、わずかに強張った。


「……そうですね。

 知らなくて当然です。

 学院では一人一体と言われていますし。

 表に出るのは、ほんの一部ですから」


 その言葉のあと、ルシアンはゆっくりと顔を上げ、リリアナを見つめた。


「でも、それほどの数が用意されているのは、リリアナ様が特別な存在だからです。

 多くの者が、支えたいと願うほどに」


 真っ直ぐに見つめられ、リリアナは思わず視線をそらしかけるが、その瞳に真剣さが宿っていることに気づき、そっと目を返す。

 胸の奥に、じんわりと温かいものが広がった。


 そしてルシアンは、仲間一人ひとりの顔を思い浮かべているかのように、静かに言葉を紡いだ。


「それでも僕にとっては、彼らは同志であり、家族のような存在なんです」


「家族みたい……すごく素敵ね」

 リリアナは思わず小さく呟き、微笑んだ。


 一瞬の沈黙のあと、ルシアンは意を決したように口を開いた。


「皆、ずっとリリアナ様にお仕えしたいと願っていました。

 ……でも、遠くから見ているしかできなくて……」


 少し視線を逸らし、言葉を慎重に選ぶように続ける。


「皆、リリアナ様のことを大切に想っています。

 その思いを胸に、日々を生きてきました。

 ……もちろん、僕も同じ気持ちです」


 リリアナは静かに耳を傾ける。

 声の端々に、仲間への優しい想いと責任感が滲み出ていることに気づいた。


「リリアナ様のそばにはお仕えできませんが、

 そういう者たちがいるということを、ずっと知ってほしいと思っていました」


 言い終えると、ルシアンは少し身を乗り出すようにして、リリアナを見据えた。

 視線の強さに圧されるような感覚を覚え、心臓が一瞬跳ね上がる。


(そんな風に思ってくれてたのね……)


 自分に仕えることを、こんなにも大事に考えていたなんて知らなかった。

 ルシアンの本音を聞いたことで、今までよりぐっと距離が近づいた気がした。


「……話してくれて、ありがとう」


 小さな声が、ようやくそれだけを伝えた。

 心の奥まで沁み渡る、誠実な想いだった。



 馬車の揺れに身を任せながら、言葉を交わすたび、心の距離が少しずつ近づいていくのを感じた。


 こんな風に少しずつ仲良くなっていけば、いつかは、ルシアンの気持ちも自分の方へ向いてくれるんじゃないか。

 そんな風に思っていた。


 ――屋敷へ到着するまでの間は。




 馬車は屋敷の門をくぐり、私道へと進む。


「帰ってきましたね」

「そうね……」


 ルシアンは柔らかな表情でリリアナを見る。

 リリアナも、つられるように口元を緩めた。


 穏やかな雰囲気が二人を包む。


(な、何これ……幸せすぎるっ……)


 嬉しくて顔がニヤける。


(屋敷に帰ったら、部屋へお茶にでも誘ってみようかしら……)


 この休暇中、これからきっと、もっと仲良くなれる。

 そんな確信めいた気持ちになっていた。



 屋敷の車寄せの前には、出迎えの従者がずらりと並び、リリアナの帰りを待っていた。


 馬車が止まる。


「気をつけて下さいね」


 ルシアンは先に馬車を降り、そっと手を差し伸べる。

 リリアナは、その手をためらいがちに掴む。


 指先に伝わる温もりに、胸が小さく跳ねた。


「あ、ありがとう……」


 馬車を降り、足元に気をつけながら地面に立つ。

 やがて手を離すと、名残惜しさが胸をかすめた。


 リリアナは出迎えの従者たちに促され、屋敷前の階段を登り、屋敷の中へと向かう。


 ルシアンは階段下で止まり、リリアナを見守っていた。


 と、その時――


 階段横の前庭から誰かが飛び出してきた。


 次の瞬間、その人影は迷いなくルシアンの元へ向かい、当然のように、彼に飛びついた。


「おかえり! ルシアン!」


 小柄な少女がぎゅっとルシアンを抱きしめる。


 思わず、足が止まる。


 呆然と見ていると、ルシアンは慣れた様子で少女を受け止め、そっと抱き返して、その頭を撫でた。


「ただいま」


 二人は微笑み合い、自然に視線を交わす。


(え……誰……?) 


 胸の奥が、ひくりと揺れた気がした。

 リリアナはただ、その光景を前にして、立ち尽くしたまま、動けずにいた。



 そこで、少女がはっとしたように顔を上げる。

 リリアナの存在に気づいたらしい。


 少女はすぐにそばへ来ると、膝をついた。


「お帰りなさいませ、リリアナ様」


 リリアナが戸惑っていると、続いて、ルシアンも歩み寄ってくる。


「リリアナ様、彼女は第二使い魔のセリスです」


「第二使い魔……」


 その言葉を繰り返しながら、リリアナは目の前の少女――セリスに目を向ける。


 リリアナが、ルシアン以外の使い魔と顔を合わせるのは、これが初めてだった。


「初めてお目にかかります。セリスと申します」


 彼女は深く頭を下げると、ゆっくりと顔を上げ、落ち着いた眼差しでリリアナを見る。


 リリアナは、無意識のうちに彼女を観察していた。


 短く整えられた髪に、動きやすそうな服装。

 どこか少年めいた、中性的な雰囲気をまとっている。


 だが、前髪の奥からのぞく切れ長の瞳には、その見た目以上に、静かで揺るぎない強さが宿っていた。


「お会いできて大変光栄です……」


 その一言と視線だけで、リリアナは思わず息を呑む。


 ついさっきまで――

 ルシアンに飛びついていたときは、無邪気で、年相応の幼さを感じていたはずなのに。


 今、目の前にいる彼女は、まるで別人のようだった。


 落ち着いた態度に、隙のない所作。

 自然と背筋が伸びるような気配。


 ――第二使い魔。


 その肩書きに、リリアナは静かに納得する。

 彼女の纏う空気が、それに相応しい実力を物語っていた。



「セリス」


 ルシアンの声に、リリアナははっと我に返る。


「リリアナ様は移動で疲れてるから。そろそろ……」


 続けて、リリアナのほうへ視線を向ける。


「それでは、僕らは失礼します」


 二人はそろって一礼し、そのまま歩き出した。

 向かう先は、屋敷の別館。

 ――リリアナが向かう本館とは反対方向だった。


 声をかけようとして――

 言葉が喉で止まった。


 結局、何も言えないまま。

 リリアナはただ、二人の背中が遠ざかっていくのを見送った。




(他の使い魔と家族みたいに過ごしてたって言ってたけど。

 まさか女性もいたなんて……)


 ――しかも


(ルシアンのあんな表情初めて見た……)


 二人が見つめ合った一瞬。

 その場の空気が、ふっと変わった気がした。


 そこには、リリアナの知らないルシアンがいた。


 二人の間に、踏み込める隙はどこにも見当たらなかった。


 胸の奥に、じわじわと重たいものが広がっていく。


 さっきまで、すぐそばにいたはずなのに。

 同じ屋敷にいるはずのルシアンが、ひどく遠くに行ってしまったように感じられた。


 考えても、答えなんて出ない。

 それは分かっている。


 それでも。

 さっきの光景が、何度も何度も頭に浮かんでは消えない。


 気づけば、何も手につかないまま、時間だけが過ぎていった。

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