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聖なる更生都市の監査記録 ~英雄の嘘を暴くのは、剣ではなくレシートでした~  作者: 冷やし中華はじめました
冒険者ギルドの不正会計

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6/7

暴走する筋肉と、断末魔の激辛バーガー

ドォォォォン!!


 冒険者ギルド『パスファインダー』の本部ロビーを、爆音と衝撃が揺らした。  受付嬢たちが悲鳴を上げてカウンターの下に潜り込む。逃げ惑う冒険者たち。舞い上がる粉塵。


 その混乱の只中にある柱の陰で、バンズ・アイアンサイドは震える手で包み紙を開いていた。  現れたのは、どす黒い赤色をしたソースが滴るハンバーガーだ。  その名も『断末魔バーガー』。  トウガラシの王様「ドラゴン・ブレス」を煮詰めたペーストを、パティが見えなくなるほど塗りたくった代物だ。一口食べれば食道が焼け爛れ、三日は味覚が戻らないと言われる劇物である。


「……食べる前に死ぬかと思ったぞ」


 バンズは額の冷や汗を拭い、崩壊したロビーの中央を見やった。  そこには、身長三メートルほどに膨れ上がった巨漢が立っていた。全身の血管がミミズのように浮き上がり、肌はドス黒く変色している。


「ウガァァァァッ! 力が……力が溢れるぅぅッ!」


 巨漢が手近な石柱を素手でへし折った。  冒険者の男だ。だが、その姿はもはや魔物モンスターに近い。


「禁止薬物『オーガ・ステロイド』の過剰摂取オーバードーズか……」


 バンズは冷静に分析した。  最近、下層区で出回っている非認可の筋力増強剤だ。安価で爆発的なパワーを得られる代わりに、副作用で理性を失い、最終的には心臓が破裂する。


「おい、そこの筋肉ダルマ! 聞こえているか!」


 バンズは瓦礫の上に立ち、声を張り上げた。


「お前はギルド規約『第6条:清めの儀式』における指定外薬物の使用、および『第11条:安息の聖杯』に基づく治安維持法に違反している! 直ちに暴走を停止し、監査部の聴取に応じろ!」


 いつものように条文を突きつける。言葉で、理屈で、ルールで相手を縛る。それがバンズの戦い方だ。  だが。


「アァァ? ウルセェェ! 虫がァァッ!」


 巨漢はバンズの方を向くと、へし折った石柱を軽々と放り投げた。


「なっ……!?」


 風切り音。理屈も計算も通用しない、純粋な質量弾。  バンズは咄嗟に横へ飛んだ。石柱が先ほどまで立っていた場所を粉砕し、衝撃波がバンズの体を吹き飛ばす。


「ぐぅッ!」


 壁に叩きつけられ、肺の空気が強制的に排出された。  視界が明滅する。激痛が走る背中を押さえながら、バンズは顔を歪めた。  (バカな……。言葉が通じない相手には、監査ルールなど無力だというのか……?)  巨漢がズシン、ズシンと足音を立てて迫ってくる。その目には知性の光など欠片もない。ただ殺戮を求める獣の目だ。


「潰レロォォォ!」


 巨漢の丸太のような拳が振り上げられた。  回避は間に合わない。  バンズは死を覚悟し、せめて最期に一口だけでもと、手に持ったままのバーガーを口に運ぼうとした――その時。


「――そこまでだ」


 凛とした声が響いた。  次の瞬間、金色の閃光がロビーを走った。


 ズバァァァァン!!


 轟音と共に、巨漢の体が真横に弾き飛ばされた。まるで玩具のように宙を舞い、受付カウンターの奥にある金庫室の扉に激突して止まる。


「……え?」


 バンズは呆然と目を見開いた。  土煙の中から現れたのは、純白のマントをなびかせた男。  ギルド長、ゼノ・ブレイバーだった。  その手には、いつも飾り物として置かれている『聖剣のレプリカ』が握られている。刃の潰れたただの模造刀だ。だが、今のゼノが握ると、それは神話の輝きを放っているように見えた。


「ギ、ギルド長……?」 「怪我はないか、バンズ君」


 ゼノは聖剣を振って血振るい(付いていないが)の動作をし、静かに鞘に納めた。


「彼――『猛る大岩』のガストン君だね。力が有り余って制御できず、苦しんでいたようだ。だから少しだけ、ガス抜きを手伝ってやったよ」


 気絶して白目を剥いている巨漢を見やり、ゼノは慈愛に満ちた笑みを浮かべた。


「力が強すぎるのも考えものだな。己の器を超えた力は、魂を蝕む。……彼もまた、迷える子羊なのだ」


 一撃。たった一撃だ。  薬物で強化された暴走状態の冒険者を、剣の峰打ちだけで沈黙させた。  バンズは背筋に冷たいものが走るのを感じた。  普段は夢見がちな道化。計算もできない無能な上司。  そう侮っていた男の正体は、やはり紛れもなく『伝説の勇者』だったのだ。


「さあ、バンズ君。彼を医務室へ。目覚めたら、きっと『第1条:虚無への開眼』を果たし、生まれ変わったように改心しているはずだ」


 ゼノはマントを翻し、颯爽と去っていこうとする。  その後ろ姿を見送りながら、バンズはようやく震えが止まった。  だが、すぐに別の震えがやってきた。  バンズの視線が、ゼノの一撃によって半壊したロビーの壁と、粉々になった床の大理石に向けられる。


「……ギルド長」 「ん? なんだい?」 「あの冒険者を止めたのは素晴らしい。ですが……この壁の修繕費、誰が出すんですか?」


 ゼノはキョトンとした顔をした。


「何を言うんだ。壁など、心の壁に比べれば安いものだろう? 請求書は経理に回しておいてくれ。ガハハ!」


 高らかに笑いながら去っていく英雄。  残されたバンズは、瓦礫の山の中で一人、計算機を取り出した。


「壁の修繕費、金貨百枚。床の張り替え、五十枚。……冒険者の治療費に、薬物中毒の更生プログラム費用……」


 弾き出された数字は、今月の利益をすべて吹き飛ばす赤字だった。  胃が。胃がキリキリと音を立てて悲鳴を上げる。  バンズは、ぐしゃりと握りつぶしかけていた『断末魔バーガー』にかぶりついた。


「……からっ!!」


 舌を焼く激痛。食道を焦がす灼熱。  涙が出るほど辛い。だが、その痛みが、胃の痛みと恐怖を少しだけ紛らわせてくれた。


「……ったく。どいつもこいつも、筋肉で解決しやがって」


 口の端から赤いソースを垂らしながら、バンズは瓦礫の上に座り込んだ。  その背中は、いつもの頼りがいのある監査官ではなく、暴力という嵐に巻き込まれた、ちっぽけな中間管理職のそれだった。

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