表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖なる更生都市の監査記録 ~英雄の嘘を暴くのは、剣ではなくレシートでした~  作者: 冷やし中華はじめました
冒険者ギルドの不正会計

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/7

ある新人冒険者の損益分岐点

 都市ヘリックスの城門をくぐった時、アル(16歳)は確かに夢を見ていた。


 白亜の城壁。輝く教会。そして、伝説の英雄ゼノ・ブレイバーが守護する希望の街。  田舎の村で「神童」と呼ばれた剣の腕があれば、ここですぐに大金持ちになれる。そうすれば、村で病に伏せる妹に、特効薬を送ってやれるはずだ。


 その希望が「数字」という暴力によって粉砕されるまで、わずか一週間だった。


 ***


「――次の方。登録番号4092番、アルさんですね」


 ギルドの中央窓口。  事務的な声で呼ばれ、アルは重い足取りでカウンターに向かった。  身体中が痛い。包帯の下の切り傷がズキズキと脈打っている。


 今日の探索――地下1階層でのゴブリン狩りは、散々だった。  レンタルした「初心者の剣」は驚くほど切れ味が悪く、ゴブリン一匹を倒すのに何度も斬りつけねばならなかった。  反撃を受け、腕を負傷した。痛みに耐えかねて、支給された「更生ポーション」を飲んだ。


 甘いシロップのような味がして、痛みは嘘のように消えた。  ……また、あれを飲みたい。  ふと湧き上がった欲求を振り払い、アルは腰の袋をカウンターに置いた。


「せ、成果の精算をお願いします……」 「はい、確認します」


 受付の女性職員は、慣れた手つきで袋の中身をトレーにぶちまけた。  ゴブリンの耳が5つ。欠けた魔石が2つ。  一日の死闘の成果がこれだけだ。だが、今の相場なら金貨数枚にはなるはずだ。


「査定終了です。本日の収益は、銀貨80枚となります」


 アルは耳を疑った。


「ぎ、銀貨!? 金貨じゃなくてですか? だって、募集要項には『日給金貨1枚保証』って……」 「それは『総売上グロス』の話ですね。そこから経費が引かれます」


 職員は無表情に、一枚の羊皮紙――明細書レシートを突きつけた。


 【本日の精算書】  ■ 売上  ・ゴブリン素材他:銀貨 80枚


 ■ 控除(経費)  ・装備レンタル料(剣・革鎧):銀貨 30枚  ・装備メンテナンス費(刃こぼれ修正):銀貨 10枚  ・更生ポーション代(1本):銀貨 20枚  ・ギルド利用税(売上の10%):銀貨 8枚  ・新人支援ローン利息(日歩):銀貨 5枚  ---------------------------  ■ 手取り額  銀貨 7枚


「な……」


 アルの目の前が真っ暗になった。  銀貨7枚。パンとスープを買えば消えてしまう額だ。宿代すら払えない。  これでは、妹への仕送りどころか、自分が野垂れ死ぬ。


「あ、あの! ポーション代が高すぎませんか!? 市場なら銀貨5枚で……」 「当ギルド指定の『純正ポーション』以外は持ち込み禁止です。安全管理のためですので」 「レンタル料も! この剣、全然切れなくて……!」 「『安全設計』です。初心者が自傷しないよう、あえて刃を潰してあります。……嫌なら、ご自分で装備を用意してください(・・・・・・・・・・・・・・)。もっとも、最低でも金貨50枚はしますが」


 職員の冷たい視線が、田舎者の少年を射抜く。  金貨50枚。そんな大金、持っているわけがない。だからレンタルするしかない。  借りれば、稼ぎの半分を持っていかれる。  返済できない。装備が買えない。また借りる。


 ――詰んでいる。  この都市のシステムは、最初から新人が「ギリギリ生かされる」ラインで設計されているのだ。


「……サインを。後ろがつかえています」


 アルは震える手で羽ペンを握った。  悔しさと絶望で、視界が滲む。  その時だった。


「――おい。待ちな」


 横から、低い声が掛かった。  隣のカウンターで、安い串焼きを齧りながら書類を整理していた男だ。  くたびれたスーツに、死んだ魚のような目。机には『監査課』というプレートがある。


「あ、アイアンサイド課長……。何か?」 「その計算、間違ってるぞ」


 男――バンズは、串焼きの串でアルの明細書を指した。


「『装備メンテナンス費』だ。銀貨10枚取ってるな?」 「は、はい。刃こぼれがありましたので」 「おかしいな。その剣の製造番号シリアルは『RW-09』。……耐用年数を超えた廃棄寸前の品だ。ギルド規定第4条2項、『減価償却の終わった装備の破損・摩耗について、利用者に修繕費を請求してはならない』」


 バンズは、アルの腰にあるボロボロの剣を顎でしゃくった。


「元々ゴミ同然の剣を貸しつけておいて、新品同様の修理費をふんだくる気か? ……二重請求だぞ、これは」 「うっ……! し、しかし、マニュアルでは……」 「マニュアルと規定、どっちが上だと思ってる。……今すぐ計算し直せ。それとも、お前の名前で『不正請求報告書』を上に上げるか?」


 職員は青ざめ、慌てて計算機を叩き直した。


「し、失礼しました! メンテナンス費の返還と……お詫びとして、本日のギルド税を免除します!」


 ジャラッ。  トレーに追加の銀貨が乗せられた。  手取りは銀貨7枚から、銀貨25枚になった。  ……それでも、安い。だが、明日の宿代と、妹へ送る手紙代くらいにはなる。


「あ、あの……!」


 アルはバンズに向き直った。


「ありがとうございます! あなたのおかげで、助かりま……」 「勘違いするな」


 バンズはアルを見ようともしなかった。  ただ、冷めた目で串焼きの最後の一片を飲み込み、自分の仕事に戻っていく。


「俺は数字のズレを直しただけだ。お前を助けたわけじゃない」


 バンズは背中越しに、独り言のように呟いた。


「……損益分岐点ボーダーは超えたな。なら、死なない程度に稼いで、さっさと田舎に帰るんだな。ここは、夢を見る場所じゃねえよ」


 バンズが去っていく。  アルは、手のひらの銀貨を握りしめた。  25枚の銀貨。それは温かく、そして酷く重かった。


 彼は知ってしまった。  この輝く都市が、自分のような弱者の骨までしゃぶり尽くす、巨大な搾取装置であることを。  それでも、アルはここを去ることはできない。  ポーションの甘い味が、脳裏に焼き付いて離れないからだ。


「……明日も、潜らなきゃ」


 少年の瞳から、輝きが消えた。  代わりに宿ったのは、借金と依存に縛られた、一人の「労働者」の昏い光だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ