表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖なる更生都市の監査記録 ~英雄の嘘を暴くのは、剣ではなくレシートでした~  作者: 冷やし中華はじめました
冒険者ギルドの不正会計

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/4

虚飾のアイドルと、虹色マシュマロ・ポップコーン

 その日、ギルド長室はライブ会場のような熱気に包まれていた。  部屋の照明は落とされ、空中に浮かび上がった巨大な『幻影スクリーン』が、まばゆい光を放っている。


「おお……! いけっ、ルカ君! その聖なる一撃で邪悪を滅ぼすのだ!」


ギルド長のゼノ・ブレイバーが、手にした魔石灯ペンライトを激しく振り回しながら叫んだ。 ヒュンッ! ヒュオッ! ただの応援グッズのはずが、ゼノが振ると、空気を切り裂く恐ろしい風切り音が響く。 その風圧だけで、バンズの手元のポップコーンが数粒、吹き飛ばされた。


「……ギルド長。少し手加減してください。それがすっぽ抜けたら、壁を貫通して大惨事になりますよ」


スクリーンに映し出されているのは、美少年の剣士が巨大な一つ目巨人サイクロプスと対峙する映像だ。  劇的なBGMと共に、美少年が剣を掲げる。刀身から七色の光が溢れ出し、巨人を飲み込む。  ド派手な爆発。正面こちらに向けたウィンク。


『みんな、応援ありがとう! 君の笑顔が僕の力だ!』


 映像の中の少年――アイドル冒険者パーティ『スターダスト・ナイツ』のリーダー、ルカが爽やかに微笑むと、ゼノは感極まって涙を流した。


「素晴らしい! 見たまえバンズ君、この勇姿を! 彼らは命懸けの戦いを記録し、こうして市民に勇気を届けているのだ! これぞ『第12条:福音の伝播』の極み!」


 対照的に、来客用ソファに深く沈み込んだバンズ・アイアンサイドは、気だるげにバケツを抱えていた。  バケツの中身は『虹色マシュマロ・ポップコーン』。  原色の着色料で染め上げたマシュマロをドロドロに溶かし、ポップコーンに絡めて冷やし固めたものだ。赤、青、緑、黄。毒々しい色の塊は、見ているだけで視神経を痛めつける。


「……ギルド長。少し音が大きすぎませんか。鼓膜が砂糖漬けになりそうだ」


 バンズは青色の塊を放り込み、ガリガリと噛み砕いた。強烈な甘みと、安っぽいバニラの香りが口いっぱいに広がる。


「何を言う! この臨場感がいいのではないか!」 「臨場感、ですか」


 バンズは冷めた目でスクリーンを指差した。


「……妙ですね。サイクロプスの攻撃パターンが、教科書通りすぎます」 「ん? どういうことだ?」 「右腕を振り上げたら必ず左にステップ、咆哮の後には必ず突進。……まるで、そう動くようにプログラムされているようだ」


 バンズは手元の資料に目を落とす。そこには『スターダスト・ナイツ』からの討伐報酬請求書があった。  討伐証明部位(ドロップ品)の欄には、『激戦による消滅のため提出不可』と記されている。


「それに、視点アングルがおかしい。今のシーン、巨人の股下から見上げる角度で撮っていましたが、そんな場所に撮影者がいたら踏み潰されていますよ」 「そ、それは……彼らの撮影技術が凄腕なのだろう!」 「ええ、凄腕プロでしょうね。……『演出』の」


 バンズはポップコーンのバケツを置くと、立ち上がった。


現地調査ロケハンに行ってきます。この甘ったるい映像の裏側を覗きにな」


 ***


 都市ヘリックスの郊外にある、廃棄された鉱山跡。  人目につかないその場所は、巨大な『撮影場スタジオ』と化していた。


「はい、一旦止め(カット)ー! ルカ君、今の表情最高だったよ!」


 監督らしき男の声が響く。  広場の中央では、先ほどの美少年ルカが、何もない空間に向かって剣を振るっていた。  いや、何もないのではない。  ルカの目の前には、半透明のドラゴンが空中に浮かび上がり、リアルな咆哮を上げている。だが、その体は時折ノイズのように揺らぎ、向こう側の景色が透けて見えた。


「ふぅ……。ちょっとドラゴン(こいつ)の反応速度上げてくれない? 僕のスピードについてこれてないよ」


 ルカが汗を拭いながらスタッフに指示を出す。


「へい、パラメーター調整します!」


 スタッフが魔導端末を操作すると、ドラゴンの動きが機敏になった。


「なるほど。『投影魔術プロジェクション』か」


 不意に響いた声に、ルカが振り返る。  そこには、虹色のポップコーンを咀嚼するスーツ姿の男――バンズが立っていた。


「誰だ君は? エキストラにしては顔が怖いけど」 「監査だ。……素晴らしい『投影精度』だな。鱗の質感から鳴き声の周波数まで、過去の文献データを完全に再現している」


 バンズは感心したようにドラゴンの映像に近づき、手をかざした。手はドラゴンの体をすり抜ける。実体のない、光の集合体だ。


「最新式の環境魔法を、こんな『おままごと』に使うとはな」 「おままごとだと?」


 ルカが眉をひそめ、鼻で笑った。


「失礼な奴だな。これはエンターテインメントだ! 汚い体液も飛び散らない、誰も死なない、最高の冒険譚! みんな夢を見たいんだよ。地味で陰惨な殺し合いなんて、誰も見たくないだろ?」 「夢、ね」 「僕たちは『理想の冒険』を提供している! その対価として投げ銭(寄付)をもらい、ギルドの志願者も増やす。誰も不幸にならない、完璧なビジネスモデルじゃないか」


 ルカは両手を広げ、自信たっぷりに宣言した。


「夢を売るのは勝手だ」


 バンズはポップコーン(赤色)を齧りながら、懐から請求書を取り出した。


「だが、ギルドに『討伐報酬』を請求したのは詐欺だ。実体のない怪物を倒しても、素材も魔石も手に入らない。ギルドにとっては損失でしかないんだよ」 「っ……それは……広告宣伝費だと思えば安いもんだろ!」 「それに、『実戦経験あり』と嘘をついて新人を勧誘しているのは『優良誤認表示』にあたる。お前たちの動画を見て、『自分もあんな風に華麗に戦える』と勘違いして死んだ新人が出たら、責任を取れるのか?」


 正論を突きつけられ、ルカが言葉に詰まる。  だが、バンズはそれ以上追及せず、興味深そうに投影機の方へ歩み寄った。  そして、スタッフが操作している魔導端末を覗き込む。


「……しかし、この投影データ。よく出来ているな」 「え?」 「ただの映像じゃない。過去の膨大な目撃情報と討伐記録を元に、魔物の行動パターン(アルゴリズム)を完全にプログラムしてある。……これを作ったのはお前か?」 「あ、ああ……そうだけど。リアリティを出すために、徹夜で組んだんだ。動きが嘘くさいと、マニアに叩かれるからな」


 ルカが少し誇らしげに答える。  ナルシストなアイドルかと思えば、裏では地味な努力を重ねるクリエイター気質らしい。  バンズはニヤリと笑った。


「つまり、こいつと戦えば、『死ぬリスクなし』で新人が実戦訓練できるということか」


 バンズの中で、計算機が弾かれた。  詐欺師を牢屋に入れるより、もっと効率的な『回収』の方法。


「お前たちの罪は重い。詐欺罪に、経歴詐称。……だが、その技術を腐らせるのも惜しい」


 バンズは懐から一枚の書類を取り出し、ルカに突きつけた。  それは『更生プログラム(業務委託契約書)』だった。


「お前たちには今後、**『仮想訓練教官』**として働いてもらう」 「は? きょうかん?」 「そうだ。その無駄に高い演出力と投影技術を使って、全種類の魔物の『攻略シミュレーション映像』を作れ。新人がダンジョンに入る前に、この映像で予習させるんだ」


 バンズはドラゴンの映像を指差した。


「新人の死亡原因の第一位は『初見殺し』だ。だが、このリアルなシミュレーターで予習させれば、死亡率は劇的に下がる。これこそ真の『第12条:福音ノウハウの伝播』だ」 「えっ、ちょっと待ってよ! 僕たちが裏方に? 主役じゃなくて?」 「安心しろ。教材のエンドロールに『制作:スターダスト・ナイツ』と小さく入れてやる。……それとも、詐欺で投獄されて、一生独房の壁を眺めて暮らしたいか?」


 バンズの声が一段低くなる。  ルカは青ざめ、首を激しく横に振った。


「や、やります! やらせてください! 最高の教材を作って見せますよ!」


 ***


 数日後。  ギルドの中庭には、多くの新人冒険者たちが集まっていた。  彼らの目の前には、半透明のゴブリンが投影されている。新人が剣を振るうと、ゴブリンはリアルな悲鳴を上げて消滅した。


「すげえ! 本物みたいだ!」 「これなら俺たちでも練習できるぞ!」


 歓声を上げる新人たちを、ギルド長室の窓からゼノが見下ろしていた。


「素晴らしい……! 聞いたよバンズ君! 彼らは華やかな表舞台を去り、自らの冒険を『教材』として昇華させ、次世代の育成に貢献しているそうだな! これぞ英雄の鑑!」


 ゼノは感動で目を潤ませている。  その背後で、バンズは無表情で答えた。


「ええ。彼らの技術は、見世物にするよりよほど役に立ちますよ」


 バンズは手元のバケツを逆さにし、空になったことを確認してからゴミ箱に放り込んだ。


「……ま、中身(実力)がないなら、外側データだけで貢献してもらうさ」


 バンズは新しい胃薬の封を切った。  粉薬を口に含み、水で流し込む。  虹色ポップコーンの、頭が痛くなるような甘ったるい後味を、苦い薬が洗い流してくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ