虚飾のアイドルと、虹色マシュマロ・ポップコーン
その日、ギルド長室はライブ会場のような熱気に包まれていた。 部屋の照明は落とされ、空中に浮かび上がった巨大な『幻影スクリーン』が、まばゆい光を放っている。
「おお……! いけっ、ルカ君! その聖なる一撃で邪悪を滅ぼすのだ!」
ギルド長のゼノ・ブレイバーが、手にした魔石灯を激しく振り回しながら叫んだ。 ヒュンッ! ヒュオッ! ただの応援グッズのはずが、ゼノが振ると、空気を切り裂く恐ろしい風切り音が響く。 その風圧だけで、バンズの手元のポップコーンが数粒、吹き飛ばされた。
「……ギルド長。少し手加減してください。それがすっぽ抜けたら、壁を貫通して大惨事になりますよ」
スクリーンに映し出されているのは、美少年の剣士が巨大な一つ目巨人と対峙する映像だ。 劇的なBGMと共に、美少年が剣を掲げる。刀身から七色の光が溢れ出し、巨人を飲み込む。 ド派手な爆発。正面に向けたウィンク。
『みんな、応援ありがとう! 君の笑顔が僕の力だ!』
映像の中の少年――アイドル冒険者パーティ『スターダスト・ナイツ』のリーダー、ルカが爽やかに微笑むと、ゼノは感極まって涙を流した。
「素晴らしい! 見たまえバンズ君、この勇姿を! 彼らは命懸けの戦いを記録し、こうして市民に勇気を届けているのだ! これぞ『第12条:福音の伝播』の極み!」
対照的に、来客用ソファに深く沈み込んだバンズ・アイアンサイドは、気だるげにバケツを抱えていた。 バケツの中身は『虹色マシュマロ・ポップコーン』。 原色の着色料で染め上げたマシュマロをドロドロに溶かし、ポップコーンに絡めて冷やし固めたものだ。赤、青、緑、黄。毒々しい色の塊は、見ているだけで視神経を痛めつける。
「……ギルド長。少し音が大きすぎませんか。鼓膜が砂糖漬けになりそうだ」
バンズは青色の塊を放り込み、ガリガリと噛み砕いた。強烈な甘みと、安っぽいバニラの香りが口いっぱいに広がる。
「何を言う! この臨場感がいいのではないか!」 「臨場感、ですか」
バンズは冷めた目でスクリーンを指差した。
「……妙ですね。サイクロプスの攻撃パターンが、教科書通りすぎます」 「ん? どういうことだ?」 「右腕を振り上げたら必ず左にステップ、咆哮の後には必ず突進。……まるで、そう動くようにプログラムされているようだ」
バンズは手元の資料に目を落とす。そこには『スターダスト・ナイツ』からの討伐報酬請求書があった。 討伐証明部位(ドロップ品)の欄には、『激戦による消滅のため提出不可』と記されている。
「それに、視点がおかしい。今のシーン、巨人の股下から見上げる角度で撮っていましたが、そんな場所に撮影者がいたら踏み潰されていますよ」 「そ、それは……彼らの撮影技術が凄腕なのだろう!」 「ええ、凄腕でしょうね。……『演出』の」
バンズはポップコーンのバケツを置くと、立ち上がった。
「現地調査に行ってきます。この甘ったるい映像の裏側を覗きにな」
***
都市ヘリックスの郊外にある、廃棄された鉱山跡。 人目につかないその場所は、巨大な『撮影場』と化していた。
「はい、一旦止め(カット)ー! ルカ君、今の表情最高だったよ!」
監督らしき男の声が響く。 広場の中央では、先ほどの美少年ルカが、何もない空間に向かって剣を振るっていた。 いや、何もないのではない。 ルカの目の前には、半透明のドラゴンが空中に浮かび上がり、リアルな咆哮を上げている。だが、その体は時折ノイズのように揺らぎ、向こう側の景色が透けて見えた。
「ふぅ……。ちょっとドラゴン(こいつ)の反応速度上げてくれない? 僕のスピードについてこれてないよ」
ルカが汗を拭いながらスタッフに指示を出す。
「へい、パラメーター調整します!」
スタッフが魔導端末を操作すると、ドラゴンの動きが機敏になった。
「なるほど。『投影魔術』か」
不意に響いた声に、ルカが振り返る。 そこには、虹色のポップコーンを咀嚼するスーツ姿の男――バンズが立っていた。
「誰だ君は? エキストラにしては顔が怖いけど」 「監査だ。……素晴らしい『投影精度』だな。鱗の質感から鳴き声の周波数まで、過去の文献データを完全に再現している」
バンズは感心したようにドラゴンの映像に近づき、手をかざした。手はドラゴンの体をすり抜ける。実体のない、光の集合体だ。
「最新式の環境魔法を、こんな『おままごと』に使うとはな」 「おままごとだと?」
ルカが眉をひそめ、鼻で笑った。
「失礼な奴だな。これはエンターテインメントだ! 汚い体液も飛び散らない、誰も死なない、最高の冒険譚! みんな夢を見たいんだよ。地味で陰惨な殺し合いなんて、誰も見たくないだろ?」 「夢、ね」 「僕たちは『理想の冒険』を提供している! その対価として投げ銭(寄付)をもらい、ギルドの志願者も増やす。誰も不幸にならない、完璧なビジネスモデルじゃないか」
ルカは両手を広げ、自信たっぷりに宣言した。
「夢を売るのは勝手だ」
バンズはポップコーン(赤色)を齧りながら、懐から請求書を取り出した。
「だが、ギルドに『討伐報酬』を請求したのは詐欺だ。実体のない怪物を倒しても、素材も魔石も手に入らない。ギルドにとっては損失でしかないんだよ」 「っ……それは……広告宣伝費だと思えば安いもんだろ!」 「それに、『実戦経験あり』と嘘をついて新人を勧誘しているのは『優良誤認表示』にあたる。お前たちの動画を見て、『自分もあんな風に華麗に戦える』と勘違いして死んだ新人が出たら、責任を取れるのか?」
正論を突きつけられ、ルカが言葉に詰まる。 だが、バンズはそれ以上追及せず、興味深そうに投影機の方へ歩み寄った。 そして、スタッフが操作している魔導端末を覗き込む。
「……しかし、この投影データ。よく出来ているな」 「え?」 「ただの映像じゃない。過去の膨大な目撃情報と討伐記録を元に、魔物の行動パターン(アルゴリズム)を完全にプログラムしてある。……これを作ったのはお前か?」 「あ、ああ……そうだけど。リアリティを出すために、徹夜で組んだんだ。動きが嘘くさいと、マニアに叩かれるからな」
ルカが少し誇らしげに答える。 ナルシストなアイドルかと思えば、裏では地味な努力を重ねるクリエイター気質らしい。 バンズはニヤリと笑った。
「つまり、こいつと戦えば、『死ぬリスクなし』で新人が実戦訓練できるということか」
バンズの中で、計算機が弾かれた。 詐欺師を牢屋に入れるより、もっと効率的な『回収』の方法。
「お前たちの罪は重い。詐欺罪に、経歴詐称。……だが、その技術を腐らせるのも惜しい」
バンズは懐から一枚の書類を取り出し、ルカに突きつけた。 それは『更生プログラム(業務委託契約書)』だった。
「お前たちには今後、**『仮想訓練教官』**として働いてもらう」 「は? きょうかん?」 「そうだ。その無駄に高い演出力と投影技術を使って、全種類の魔物の『攻略シミュレーション映像』を作れ。新人がダンジョンに入る前に、この映像で予習させるんだ」
バンズはドラゴンの映像を指差した。
「新人の死亡原因の第一位は『初見殺し』だ。だが、このリアルなシミュレーターで予習させれば、死亡率は劇的に下がる。これこそ真の『第12条:福音の伝播』だ」 「えっ、ちょっと待ってよ! 僕たちが裏方に? 主役じゃなくて?」 「安心しろ。教材のエンドロールに『制作:スターダスト・ナイツ』と小さく入れてやる。……それとも、詐欺で投獄されて、一生独房の壁を眺めて暮らしたいか?」
バンズの声が一段低くなる。 ルカは青ざめ、首を激しく横に振った。
「や、やります! やらせてください! 最高の教材を作って見せますよ!」
***
数日後。 ギルドの中庭には、多くの新人冒険者たちが集まっていた。 彼らの目の前には、半透明のゴブリンが投影されている。新人が剣を振るうと、ゴブリンはリアルな悲鳴を上げて消滅した。
「すげえ! 本物みたいだ!」 「これなら俺たちでも練習できるぞ!」
歓声を上げる新人たちを、ギルド長室の窓からゼノが見下ろしていた。
「素晴らしい……! 聞いたよバンズ君! 彼らは華やかな表舞台を去り、自らの冒険を『教材』として昇華させ、次世代の育成に貢献しているそうだな! これぞ英雄の鑑!」
ゼノは感動で目を潤ませている。 その背後で、バンズは無表情で答えた。
「ええ。彼らの技術は、見世物にするよりよほど役に立ちますよ」
バンズは手元のバケツを逆さにし、空になったことを確認してからゴミ箱に放り込んだ。
「……ま、中身(実力)がないなら、外側だけで貢献してもらうさ」
バンズは新しい胃薬の封を切った。 粉薬を口に含み、水で流し込む。 虹色ポップコーンの、頭が痛くなるような甘ったるい後味を、苦い薬が洗い流してくれた。




