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聖なる更生都市の監査記録 ~英雄の嘘を暴くのは、剣ではなくレシートでした~  作者: 冷やし中華はじめました
虚無の監査

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鳴動する奈落と、在庫過多の魔物たち

 都市ヘリックスの朝は、いつも通り大量の書類仕事から始まった。  だが、バンズ・アイアンサイドは、手元の報告書とレシートを見比べながら、かつてない強烈な違和感を覚えていた。


「……計算が合わない。いや、合いすぎるのか?」


 彼が監査しているのは、中堅パーティ『鉄の牙』が提出した昨日の活動報告書だ。


 【報告書概要】  ・活動場所:地下5階層(初級エリア)  ・活動内容:ゴブリンの群れの討伐  ・特記事項:特になし。平穏な探索だった。


 ごくありふれた報告だ。  だが、それに添付された『素材買取カウンター』の明細書レシートが、異常な数字を叩き出していた。


 【買取明細】  ・ゴブリンの耳:1,200個  ・換金合計:金貨12枚(※単価暴落による調整済み)


「一回の探索で1,200匹? 地下5階層のゴブリンの再出現リポップ間隔は、最短でも三十分に一匹だ。二十四時間狩り続けても、計算上48匹しか湧かないはずだぞ」


 バンズは首を傾げ、他のパーティの報告書も引っ張り出した。  『森の熊さん』チーム――スライム核の納品数、500個。  『流星団』チーム――スケルトンの骨、トラック一台分。


 どのパーティも、報告書には「いつも通り」と書いている。  だが、数字ファクトは「異常発生」を示していた。  まるで、在庫処分セールのように、魔物が湧き続けている。


「……おいミナ。今の素材相場はどうなってる?」 「壊滅的です、課長」


 部下のミナが、死んだような目で水晶板グラフを見せた。  赤い線が、奈落の底へと垂直落下している。


供給過多オーバーサプライです。魔物の素材が溢れすぎて、ゴミ同然の値段になっています。このままじゃ、冒険者が稼げなくなってギルドの経済圏が崩壊します!」


 バンズは眉間を揉んだ。  経済だけじゃない。物理的にもおかしい。  なぜ急に、ダンジョンという名の「魔物製造工場」がフル稼働し始めたんだ?


 その時。


 バンッ!!


 執務室の扉が勢いよく開かれ、ギルド長のゼノ・ブレイバーが飛び込んできた。  いつもの能天気な笑顔はない。その顔は蒼白で、脂汗が滲んでいる。


「バンズ君! 大変だ!」 「ど、どうしたんですか。また変な骨董品でも買わされたんですか?」 「違う! ダンジョンだ! 『虚無の座』が……震えている!」


 ゼノが叫んだ、その瞬間。


 ズズズズズズズ……ッ!!


 地鳴りが響いた。  書類の山が崩れ、バンズのデスク上のコーヒーが波打つ。  地震ではない。もっと深く、地の底から響く、巨大な何かの「唸り声」のような振動だ。


 ウーッ! ウーッ! ウーッ!


 緊急警報が鳴り響き、執務室のスピーカーからオペレーターの悲鳴が聞こえてきた。


『緊急警報! 全階層で魔物反応が増大しています! 計測不能! リポップレート、想定の300%を突破! さらに上昇中! このままでは魔物が地上へ溢れ出します!』


「300%だと……?」


 バンズの脳内で、バラバラだったピースが繋がった。  数日前、教会の地下プラントを停止させた一件。  あそこで吸い上げていた「魔素」の行き場はどうなった?


 行き場を失った膨大なエネルギーが、逆流し、ダンジョン内部に充満しているのだとしたら?


「……工場のラインが暴走しているのか。過剰なエネルギーを消費するために、在庫モンスターを吐き出し続けている」


 バンズは戦慄した。  これは「冒険」というレベルではない。「産業災害」だ。


「バンズ君」


 ゼノが重々しく呟いた。彼は窓の外、都市の中央にぽっかりと口を開けたダンジョンの大穴を睨み据えていた。


「……私は行かねばならん」 「どこへ?」 「最深部だ。誰も到達したことのない、第100階層へ」


 ゼノの声には、いつもの道化じみた響きはなかった。  あるのは、かつて世界を救った英雄としての、悲壮な決意だけ。


「あそこには、私が二十年前に置いてきた『真実』がある。……この都市の、そして『英雄伝説』という名の嘘の原点がな」 「……そこにあんたが作った『システム』があるんですね?」


 バンズの問いに、ゼノは無言で頷いた。  その手は、腰に差した聖剣のレプリカを強く握りしめている。


 バンズはため息をつき、引き出しから新しい胃薬を取り出した。  予感はあった。  この都市の歪な集金システム。教会のエネルギー搾取。  それら全ての根源が、地下の底にあるという予感が。


「……計算が合わないまま終わるのは、監査官の恥ですからね」


 バンズは胃薬を水なしで飲み込み、懐から魔導通信機を取り出した。  宛先は一件。王都中央評議会、特別顧問室。


「付き合いますよ。その『最大の不良債権』の処理に。……ただし、私一人じゃ手に余る。最強の助っ人を呼びます」


 バンズは短いメッセージを打ち込み、送信ボタンを押した。


 『件名:至急案件』  『おいコンサルタント。……世界規模の「構造改革」に興味はあるか? 経費はギルド持ちだ』


「行くぞ、ギルド長! 最後の監査だ!」


 二人は走り出した。  目指すは世界の底。  レシートの数字が予言した、破滅のシステムを監査するために。

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