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聖なる更生都市の監査記録 ~英雄の嘘を暴くのは、剣ではなくレシートでした~  作者: 冷やし中華はじめました
過去と聖域

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20/25

黄金の神殿と、未払いの環境税

 都市ヘリックスの上層区、中央広場。  そこは、黒い地獄と化していた。


 白亜の舗道も、貴族たちのシルクのドレスも、すべてが粘着質の黒いヘドロでコーティングされている。  優雅なアフタヌーンティーは、ドブ臭い汚泥のパーティーへと変貌していた。


「な、なんなのこれはーっ!?」 「臭い! 私のブランド物のローブが!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図。  その混乱を見下ろす大聖堂のバルコニーに、枢機卿グレゴリオが立っていた。  彼もまた、飛び散った飛沫で顔を汚していたが、その表情は怒りに燃えていた。


「静まれ! 狼狽えるな! これは悪魔の仕業だ! 神聖なる聖域に対するテロリズムである!」


 グレゴリオが杖を掲げ、群衆を扇動しようとした、その時。


 ドォォォォン!!


 広場のマンホール――ではなく、装飾された『聖なる通気口』の蓋が吹き飛んだ。  噴き上がる黒煙と共に現れたのは、煤だらけの二人組。  バンズ・アイアンサイドと、ギルド長ゼノ・ブレイバーだ。


「私だ!!」


 ゼノが煤けたマントを翻し、バルコニーのグレゴリオを指差した。


「どうだ枢機卿! 私の魂の旋律レクイエムは! その身に響いたかね!?」 「き、貴様ら……! やはり貴様らの仕業か!」


 グレゴリオが震える指で二人を弾劾する。


「衛兵! 捕らえろ! この神をも恐れぬテロリストどもを!」


 武装した教会騎士団が二人を取り囲む。  だが、バンズは慌てることなく、ポケットからハンカチを取り出して顔の煤を拭った。


「テロリストとは人聞きが悪い。私たちはただの『配達員』ですよ」 「……なんだと?」 「『返品』に来たんですよ。……あんたたちが長年、スラムの地下に不法投棄していたゴミをね」


 バンズは足元のヘドロを靴先で掬い上げ、周囲の貴族たちに見せた。


「成分分析済みだ。この黒い粘液は、教会地下の『魔素精製プラント』から排出される産業廃棄物と完全に一致する。……今まで下層民に押し付けていた毒が、配管の詰まり(・・・・・)で逆流しただけだ」


 貴族たちがざわめき始める。  「教会の地下?」「私たちのゴミをスラムに捨てていたのか?」


 だが、グレゴリオは動じなかった。  彼はニヤリと笑い、大袈裟に両手を広げた。


「……それがどうしたというのだ?」


 予想外の開き直り。  グレゴリオは、不安がる貴族たちに向かって高らかに宣言した。


「そうだ! これは我々の排出した『カルマ』である! 都市の繁栄には影が必要なのだ! この黒い水は、我々の罪を一身に背負ってくれていた聖なる犠牲! いわば『黒い聖水』なのだ!」


 詭弁。圧倒的な論点のすり替え。  グレゴリオは「公害問題」を、瞬時に「宗教的な試練」へと書き換えた。


「民よ、恐れるな! この汚れを雪ぐために、今こそ浄財きふを! 金貨を積み上げ、祈りを捧げれば、神は再び光を与えてくださるだろう!」 「おお……! 浄財を!」「我らをお救いください!」


 パニック状態の貴族たちが、救いを求めて財布を開き始める。  バンズは舌打ちした。  (チッ。さすがは信仰ビジネスの元締め。転んでもただでは起きないか)


「聞いたか、下賤な役人よ!」


 グレゴリオが勝ち誇った顔でバンズを見下ろす。


「いくら騒ごうが、ここでは私が法だ! 神の威光の前では、貴様らの法律など紙屑に過ぎん! 賠償金? 五億でも十億でも請求するがいい!」



 教会の権威と、洗脳された信者。  この二つがある限り、彼の財布は無限だ。  だが。


「……へえ。金はある、と」


 バンズは冷ややかに笑い、懐から一枚の書類を取り出した。  それは請求書ではなかった。


「なら、金の問題じゃない話をしましょうか」 「何?」 「これは王都評議会、および魔導エネルギー管理局への通達書だ。『重要インフラの安全基準違反による、業務停止命令』ですよ」


 バンズが指を鳴らすと、背後の大聖堂の明かりが――フッと消えた。  それだけではない。  広場の街灯、貴族たちの屋敷、病院、魔導列車。  上層区の全ての「光」が消滅した。


「な、なんだ!? 停電か!?」 「言ったでしょう。あんたの地下工場は『魔素精製プラント』だ。……つまり、この都市の電気(魔力)は、すべてあんたが握っている」


 バンズは暗闇の中で、手元の魔導ランタンだけを灯し、その光でグレゴリオを照らし出した。


「私は監査官権限で、教会の『発電事業』を凍結しました。安全確認が済むまで、再稼働は認めません」 「バ、バカな! そんなことをすれば都市機能が麻痺するぞ!」 「ええ。困るでしょうねえ、貴族たちは」


 バンズは、暗闇に怯え始めた貴族たちを顎でしゃくった。


「冷暖房も止まる。魔導風呂も沸かない。夜は真っ暗闇。……さて、彼らはいつまで『祈り』だけで我慢できますかね?」


 グレゴリオの顔色が変わった。  貴族たちが寄付をするのは、教会が「快適で安全な生活」を保証しているからだ。  そのライフラインが止まれば、信仰など一瞬で怒りに変わる。


「き、貴様……! 神を人質に取る気か!」 「人質? いいえ、これは『行政指導』です」


 バンズはランタンを近づけ、悪魔のように囁いた。


「さあ、どうします? 今すぐ工場の再稼働を認めさせたいなら、条件があります」


 バンズは二枚目の書類――分厚い契約書を突きつけた。


「一つ。教会をギルド管轄下の『指定エネルギー事業者』として登記すること。これにより、過去三十年分の『法人税』と『未納の環境税』を徴収します」 「ぐっ……!」 「二つ。地下プラントに、最新鋭の『無害化フィルター』を導入すること。費用はもちろん教会持ちだ」 「そ、そんな金……」 「あるんでしょう? さっき『倍の寄付金を集める』と豪語していたじゃないですか」


 逃げ道は塞がれた。  支払いを拒否すれば、都市は停電し、暴動が起き、教会は破滅する。  支払えば、教会の財産は空になるが、組織としては生き残れる。


 グレゴリオは膝から崩れ落ちた。  震える手で羽ペンを取り、契約書にサインをする。


「……悪魔め」 「よく言われますよ。……神様よりは話が通じるでしょう?」


 バンズが契約書を回収すると同時に、ゼノが空気を読まずに声を上げた。


「うむ! 話はついたようだな! 全ては私の演奏が、彼らの閉ざされたとバルブを開いたおかげだ!」


 ゼノは泥だらけの顔で、暗闇に沈んだ貴族たちに手を振った。


「安心したまえ! 明日はもっと素晴らしい曲を奏でてみせよう!」 「ひぃぃ!? もうやめてくれ!」「金を払う! 金を払うから勘弁してくれ!」


 貴族たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。  それが、この長い長い第3章のフィナーレだった。


 ***


 数日後。  スラムの地下水路からは、かつてないほど清らかな水が流れていた。  教会の莫大な隠し財産が「最新フィルター」と「スラムへの医療支援」に変わった結果だ。


 上層区の広場で、バンズは屋台のコーヒーを飲んでいた。  目の前の噴水は綺麗になり、何事もなかったかのように水が湧き出ている。


「……苦いな」


 コーヒーの味は泥水のようだった。  だが、それは豆の挽き方が荒いだけで、毒の味はしなかった。


「バンズ君! ここにいたのか!」


 ゼノがやってくる。手には新しい楽器トランペットが握られていた。


「教会から感謝状が届いたぞ! 『二度と演奏に来ないでください(意訳:貴方の音色は恐れ多い)』とな! やはり私は音楽の才能もあるようだ!」 「……ええ。破壊神としての才能なら、間違いなく世界一ですよ」


 バンズは苦笑し、新しい胃薬の封を切った。  都市のシステムは変わらない。上は下を搾取し、下は上を支える。  だが、その間を流れるパイプの詰まりだけは、少しだけ解消されたようだ。


 バンズは胃薬を水で流し込み、煤けた空気が少しだけ澄んだ青空を見上げた。

 聖なる鐘の音が、今日は少しだけ澄んで聞こえた。

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