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聖なる更生都市の監査記録 ~英雄の嘘を暴くのは、剣ではなくレシートでした~  作者: 冷やし中華はじめました
過去と聖域

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英雄の休日と、勘違いの壊滅劇

 ある晴れた休日。  ギルド長室を抜け出したゼノ・ブレイバーは、下層区の路地裏で地図を広げていた。


「ふむ……おかしいな。情報誌『王都ウォーカー』によれば、このあたりに幻のスイーツ店『天使のほっぺ』があるはずなのだが」


 ゼノは腕組みをして唸った。  今日の彼の目的は、一日限定五十個で販売されるという『黄金シルクプリン』だ。  バンズには「視察に行く」と嘘をついて出てきた。たまの休日くらい、甘いものを食べて英気を養う権利が英雄にはあるはずだ。


「……おや?」


 ふと見ると、薄暗い路地の奥にある廃ビルの前に、屈強な男たちが長蛇の列を作っていた。  全員が目つきが悪く、全身に刺青を入れたり、棘付きの肩パッドを装備したりしている。


「なるほど! あれが待機列か!」


 ゼノはポンと手を叩いた。  さすがは幻のプリン。客層も随分とハードコアなスイーツ男子たちだ。彼らもまた、甘味を求めて荒んだ心を癒やしに来たのだろう。


「失敬。最後尾はここかね?」


 ゼノが最後尾のモヒカン男に声をかけると、男はギロリと振り返った。


「あぁ? なんだオッサン。テメェも『参加希望』か?」 「いかにも! 噂を聞きつけてね。どうしても『黄金のアレ』を手に入れたいのだ」 「へっ、命知らずなこった。なら黙って並びな。割り込みしたら殺すぞ」 「マナーには厳しいのだな。感心感心」


 ゼノはニコニコしながら列に加わった。


 ***


 ――そこは、スイーツ店ではなかった。  下層区を牛耳る犯罪組織『赤蛇団』が運営する、違法地下闘技場の受付だった。  今日の優勝賞品は、強奪されたばかりの『黄金の女神像(国宝級)』。  ゼノの言う「黄金のアレ」を、男たちはこの像のことだと勘違いしていたのだ。


 やがて順番が回ってきた。  受付のスキンヘッドの男が、書類を突きつける。


「名前は?」 「ゼノだ」 「偽名か。まあいい。誓約書にサインしろ。死んでも文句は言いません、とな」


 (なるほど、アレルギー同意書か。最近の店は徹底しているな)  ゼノはサラサラと署名した。


「よし。予選はCブロックだ。奥のゲートへ行け」 「予選? ……ああ、抽選販売ということか!」


 人気商品ゆえの争奪戦。ゼノは納得し、指定された鉄格子の奥へと進んだ。


 ***


 通されたのは、金網で囲まれたリングの上だった。  周囲の観客席からは、「殺せ!」「血を見せろ!」という野太い声援が飛んでいる。


「ふむ。随分と活気のあるフードコートだ」


 ゼノが感心して見回していると、対面のゲートが開いた。  現れたのは、身長三メートルはある巨漢。手には血塗れの巨大ハンマーを持っている。  リングアナウンサーが絶叫した。


『さあ予選第一試合! 挑戦者ゼノ 対 “人砕き”のボルガァァッ!!』


 ゴングが鳴る。  ボルガが涎を垂らしながら突進してきた。


「ヒャハハハ! ミンチになりなァァッ!」 「むっ、割り込みか? いかんな」


 ゼノは眉をひそめた。  限定プリンを前にして理性を失っているのだろう。だが、順番は守らねばならない。  ゼノは迫りくるハンマーを指先で軽く弾いた。


 パァンッ!


 乾いた音が響き、鋼鉄のハンマーが飴細工のように粉砕された。  続けて、ゼノは「お座り」と言いながら、ボルガの肩に手を置いた。


 ズドォォォォン!!


 床が抜けた。  ボルガは首まで地面に埋まり、白目を剥いて気絶した。  会場が静まり返る。


「ふぅ。マナー違反はいかんよ、君」


 ゼノは優しく諭した。  観客たちは凍りついていたが、数秒後、爆発的な歓声に変わった。  『なんだあのオッサン!?』『瞬殺だ!』『あいつに全部賭けろ!』


「おお、皆もマナーの順守を称えてくれているのか。民度が高いな」


 ゼノは勘違いしたまま、爽やかに手を振った。


 ***


 その後も、ゼノの快進撃(勘違い)は続いた。    第二回戦:毒使いの暗殺者  「(毒霧を見て)おや、スモーク演出か? 凝っているな」  →手で扇いだ風圧で暗殺者が壁にめり込みKO。


 準決勝:凶暴化した魔獣キメラ  「(牙を剥く獣を見て)なんと、ふれあい動物コーナーまであるのか!」  →「よしよし」と撫でただけで、キメラが恐怖で腹を見せて降伏。


 そして、決勝戦。  対戦相手は、組織のボス『赤蛇のザガン』自らが登場した。  彼は全身に魔法障壁を張り、魔剣を構えていた。


「貴様……何者だ? 王都からの刺客か?」


 ザガンが脂汗を流しながら問う。  ゼノは首を傾げた。


「刺客? いや、私はただの甘党だ」 「甘党……? 『甘い汁(利権)』を吸いに来たという意味か……!」


 ザガンは勝手に深読みし、激昂した。


「渡さん! この組織も、黄金も、全て俺のものだァァッ!」


 ザガンが魔剣を振り下ろす。  その剣からは、触れたものを腐食させる闇の炎が噴き出していた。  だが、ゼノにはそれが「バーナー」に見えた。


「おお! 仕上げの『キャラメリゼ』か! 目の前で炙ってくれるとは、素晴らしいサービスだ!」


 ゼノは目を輝かせ、一歩踏み出した。


「だが、火力が強すぎるぞ! それではプリンが焦げてしまう!」


 ゼノは親切心から、ザガンの手首を掴んで火を止めようとした。    バキィッ。    手首がへし折れる音。  続けて、ゼノがつまずいてザガンに軽くぶつかった。    ドゴォォォォォン!!


 衝撃波が建物を貫通した。  闘技場の壁が吹き飛び、天井が崩落し、犯罪組織『赤蛇団』のアジトは、物理的に壊滅した。


 ***


 瓦礫の山となった廃ビル。  ゼノは埃を払いながら立ち上がった。


「しまった……。少しはしゃぎすぎて、店を壊してしまったか?」


 反省するゼノ。  ふと見ると、半壊した金庫室(ボスの部屋)の奥に、無傷の冷蔵庫が転がっていた。  扉が開いている。中には、燦然と輝く一つの瓶。  『黄金シルクプリン』だ。  (※ボスのザガンが、自分へのご褒美として隠しておいたもの)


「おお! 無事だったか!」


 ゼノはプリンを手に取り、感動に震えた。


「数々の試練(予選)を乗り越え、ついに手に入れたぞ! これぞ勝利の味!」


 ゼノは懐から金貨一枚を取り出し、気絶しているザガンの胸ポケットにねじ込んだ。


「代金は置いておくぞ。改装工事、頑張りたまえ!」


 ゼノは上機嫌で瓦礫の山を後にした。  背後で、駆けつけた憲兵隊が、壊滅した犯罪組織の残党を一網打尽にしていることになど、気づく様子もなく。


 ***


 夕方。ギルドの執務室。  バンズがポテトチップスを齧りながら書類を整理していると、ゼノが帰ってきた。


「ただいま、バンズ君! いやあ、今日はいい運動をしたよ」 「おかえりなさい。……また随分と汚れてますね。ドブさらいでもしてきたんですか?」 「似たようなものだ。それより見たまえ、これをお土産に……」


 ゼノがプリンの瓶を取り出そうとした、その時。  バンズがつけていた魔導ラジオから、臨時ニュースが流れた。


『――速報です。下層区の広域犯罪組織『赤蛇団』が、先ほど何者かによって壊滅させられました。目撃情報によれば、犯人はたった一人の男で、素手でビルを半壊させたとのこと……』


 バンズの手が止まる。  ゆっくりと視線を上げ、埃まみれのゼノを見た。


「……ギルド長?」 「ん? なんだい?」 「まさかとは思いますが、視察先って……」


 ゼノは満面の笑みで、プリンの蓋を開けた。


「ふふふ。秘密だ。男には、語らなくていい冒険があるのだよ」


 パクッ。  プリンを頬張る英雄の顔は、これ以上ないほど幸せそうだった。  バンズは深くため息をつき、無言で新しい胃薬の封を切った。

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