錬金術師の永久機関と、中身スカスカの風船揚げパン
ギルド本部、大会議室。 部屋の中央には、真鍮とクリスタルでできた複雑怪奇な装置が鎮座していた。 その装置――『無限魔力増幅炉』が、低い駆動音と共に眩い光を放ち始めると、室内にどよめきが走った。
「おお……! なんと美しい光だ……!」
ギルド長のゼノ・ブレイバーが、子供のように目を輝かせて身を乗り出した。
「見よ、バンズ君! これこそ『夢のエネルギー』だ! たった欠片の魔石で、都市全体を照らせるほどの輝きを生んでいる!」 「……ええ、眩しいですね。直視すると目が潰れそうだ」
部屋の隅で、バンズ・アイアンサイドは気のない返事をした。 彼の視線は、装置の横で誇らしげに立っている初老の男――錬金術師のミラー博士に向けられている。 仕立ての良いベルベットのコートを着ているが、その袖口は擦り切れ、革靴の踵はすり減って斜めになっている。バンズの鼻が、微かに「貧乏臭さ」を検知していた。
「素晴らしい……。理論値通りです」
装置を解析していた経営戦略顧問、ベクターが唸った。 彼の手元にある多角解析魔導具が、青い光(合格サイン)を点滅させている。
「投入された魔力に対し、出力エネルギーが200%を超えています。熱力学の法則を無視した、まさに『永久機関』。……ミラー博士、貴方の提示した設計図に間違いはありませんでした」 「ホッホッホ。当然ですとも」
ミラー博士は髭をさすり、自信満々に頷いた。
「わしはこの研究に生涯を捧げました。この技術があれば、ダンジョンの維持コストはゼロになり、貧しい下層区にも無償で光と熱を供給できるでしょう」 「素晴らしい! それこそ英雄の偉業だ!」
ゼノが感極まって立ち上がった。
「ベクター君、即座に契約だ! 彼の研究を全面支援しよう! ギルドの資金が足りなければ、私の退職金の前借りでも何でも使うがいい!」 「……ええ。合理的判断です」
普段ならゼノの浪費を止めるベクターも、今回は即決した。
「この技術をギルドが独占すれば、エネルギー市場のシェアを完全に掌握できます。初期投資として、準備金から金貨一万枚を拠出しましょう」
金貨一万枚。 国家予算レベルの巨額投資だ。 ミラー博士の目が、一瞬だけギラリと卑しく光ったのを、バンズは見逃さなかった。
***
数時間後。昼休憩の廊下。 バンズは、自動販売機の前でゴミ箱を漁っていた。 端から見れば奇行だが、彼は真剣だった。
「……あった」
くしゃくしゃに丸められた紙切れ。 先ほど、トイレ休憩に向かうミラー博士が「うっかり」落とし、慌てて拾うフリをしてゴミ箱へ捨てたものだ。 バンズはそれを丁寧に広げた。
「コンビニのレシート……『パンの耳(無料)』に『水道水』。……昨日の晩飯か? 随分と切り詰めた生活だな、大発明家様のくせに」
さらに、ポケットから別の紙片が出てきた。雑貨屋の領収書だ。
「『金粉スプレー(徳用)』、『強力消音マット』、それに……『玩具用・超大型ゼンマイ』?」
バンズの脳内で、バラバラのピースが組み合わさっていく。 そして最後の一枚。それは街金からの『督促状(赤紙)』だった。
「なるほどな。……永久機関の動力源が判明したぜ」
バンズは自販機で昼食を買い、ニヤリと笑った。
***
午後。再び大会議室。 契約書の調印式が始まろうとしていた。 ベクターが厳粛な面持ちで、金貨一万枚の手形を用意している。
「では博士、ここに署名を。これで貴方は歴史に名を残すことになります」 「ありがとう、ありがとう……! これで世界は救われます……!」
ミラー博士が震える手で羽ペンを握った、その時。
バリバリッ!!
厳粛な空気を切り裂く、下品な破砕音が響いた。
「……なんだ?」
全員が振り返る。 入り口にバンズが立っていた。 その口には、大人の顔ほどもある巨大な茶色の塊がくわえられている。 『ジャンボ風船揚げパン』。 薄く伸ばした生地の中に空気を吹き込んで揚げた、屋台の激安菓子だ。見た目のインパクトは凄いが、中身は空っぽで、カロリーと油しかない。
「……バンズ課長代理。重要な契約の場です。退出しなさい」
ベクターが不快感を露わにする。 バンズは揚げパンをバリボリと齧りながら、装置の前に歩み寄った。
「いやあ、すいません。こいつが美味そうでね。……そっくりなんですよ、この機械と」 「は?」 「見た目だけはデカくて立派だが、中身はスカスカの空気ってところがな」
バンズは揚げパンの欠片を、ミラー博士の足元に落とした。 そして、手回し計算機を取り出すと――それを全力で装置に向かって投げつけた。
ガシャンッ!!
「なっ、何をする貴様ッ!?」
ミラー博士が悲鳴を上げる。 計算機が直撃した装置の外装がへこみ、表面の塗装がパリパリと剥がれ落ちた。 現れたのは、安っぽいブリキの地金。 そして、衝撃で内部の留め具が外れ、ビヨォォォン! と巨大なバネが飛び出した。
「……あ」
ゼノが間の抜けた声を出す。 飛び出したバネは、玩具屋で売っている『超大型ゼンマイ』そのものだった。 光を放っていたクリスタルも地面に落ちて割れ、中から安物の『発光石』が転がり出た。
「これが『永久機関』の正体だ」
バンズは淡々と解説した。
「無限の光? ただの発光石だ。静かな駆動音? 中に『消音マット』を詰めてゼンマイの音を消していただけ。……そしてこの美しい黄金のボディは、雑貨屋で買った『金粉スプレー』で塗装したブリキ細工だ」
ベクターが呆然と立ち尽くす。
「そ、そんな……。ですが、理論式は完璧でした。エネルギー効率の計算に間違いは……」 「式は合ってたんだろうよ。だが、『前提条件(入力データ)』が全部デタラメだ」
バンズはベクターの魔導具を指差した。
「あんたの機械は『提示された数値』を計算しただけだろ? こいつは発光石の輝度を『魔力出力』だと偽って入力させた。……ゴミ(嘘)を入力すれば、ゴミ(嘘)が出力される(Garbage In, Garbage Out)。基本だろ、コンサルタント」
ミラー博士がその場に崩れ落ちた。
「ひ、ひぃ……! 許してくれ! 借金取りに追われていて、どうしても金が必要だったんじゃ……!」
詐欺未遂。 ベクターの顔が、羞恥と怒りで真っ赤に染まった。
「……私を謀りましたね。金貨一万枚の損失を防いだとはいえ、私の時間を無駄にした罪は万死に値します。警備兵! この詐欺師を憲兵に……」 「待て」
バンズが呼び止めた。 彼は床に落ちた外装の破片を拾い上げ、しげしげと眺めた。
「……驚いたな。計算機をぶつけても、メッキが剥がれただけで、塗装面にヒビが入ってない」 「は?」 「ブリキに金粉を定着させる技術。……これ、相当なもんだぞ。普通の職人じゃ真似できねえ」
バンズはニヤリと笑い、ミラー博士を見下ろした。
「爺さん、あんた錬金術師としちゃ三流だが、塗装工としちゃ超一流だ」 「へ……?」 「この技術、使えるぞ。冒険者用の安物の鉄鎧にこの塗装を施せば、『伝説の黄金装備(に見える量産品)』として高く貸し出せる」
バンズはゼノの方を向いた。
「ギルド長。こいつを地下工場で雇いましょう。給料は全額借金返済と、今回の慰謝料に充当。……死ぬまで働かせれば、金貨一万枚以上の利益を生みますよ」 「おお! それは夢があるな! 若者たちが自信を持って戦えるし、見た目も華やかになる!」
ゼノが手を叩いて喜んだ。 ベクターは、しばらく計算機のような目でバンズとミラー博士を見比べていたが、やがて深くため息をついた。
「……合理的です。損失を利益に転換する。その泥臭い判断力……今回ばかりは、貴方の『嗅覚』に敗北しました」
ベクターが負けを認めた。 ミラー博士は「ありがたや、ありがたや……!」と涙を流しながら、警備兵に連行されていった。地下工場という名の牢獄へ。
騒動が去った会議室。 バンズは、食べかけの風船揚げパンをベクターに差し出した。
「食うか? 頭を使うと糖分が欲しくなるだろ」 「……結構です。油で手が汚れますから」
ベクターは顔をしかめて拒絶し、逃げるように退室していった。 バンズは一人、中身のない揚げパンを齧った。
「……やっぱりスカスカだな。夢も、揚げパンも」
口の中に広がる油と砂糖の味。 それは、虚飾にまみれたこの都市の、どこか憎めない味がした。




