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聖なる更生都市の監査記録 ~英雄の嘘を暴くのは、剣ではなくレシートでした~  作者: 冷やし中華はじめました
冷徹なるコンサルタント

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英雄のサイン色紙と、架空請求のカラクリ鏡

 ギルド本部、最上階の大会議室。  張り詰めた空気の中、中堅冒険者パーティ『銀の狐』のリーダー、フォックスが胸を張って報告していた。


「――以上が、我々が『幻影龍ファントム・ドラゴン』を撃退した経緯です。奴は死に際に霧となって消滅したため、素材(ドロップ品)はありません。ですが……」


 フォックスは一枚の羊皮紙をテーブルに提示した。  それはギルドの公式紋章が入った『討伐証明書』だ。そして、その末尾には、見紛うことなき筆跡でこう記されていた。


『私、ゼノ・ブレイバーは、彼らの勇気ある戦いを目撃し、ここにその功績を保証する』


 署名欄には、力強い文字で『Zeno Braver』とサインがあり、本人の魔力印も押されている。  フォックスは勝ち誇ったように言った。


「ギルド長ご本人が、たまたま森の視察中に通りかかり、我々の戦いを見てサインをくださったのです。『見事だ!』とね。……これ以上の証拠はありませんよね?」


 フォックスの要求は、幻影龍の討伐報酬金貨三百枚と、ランク昇格。  これに対し、王都から来た経営戦略顧問、ベクターは冷ややかに眼鏡を押し上げた。


「……手続き上、書類に不備はありません。筆跡鑑定、魔力照合、ともにギルド長本人のものと一致しました」


 ベクターの視線が、隣の席で青ざめているゼノに向けられる。


「しかし、奇妙ですね。ギルド長ご本人は『記憶にない』と仰っている」 「ほ、本当に覚えていないのだ! 私はその日、森へなど行っていない!」


 ゼノが机を叩いて抗議する。だが、ベクターは氷のような声で告げた。


「自身の署名と魔力印が押された書類を『覚えていない』? ……それは深刻な問題です。認知機能の低下か、あるいは裏金を受け取っての『架空請求への加担(横領)』か。どちらにせよ、トップとしての適性を欠いています」


 ベクターは手元の資料をめくった。


「王都評議会に対し、貴方の『解任動議』を提出します。即刻、職務権限を停止してください」

「そ、そんな……! 私は無実だ! バンズ君、信じてくれ!」


 ゼノがすがるような目で、部屋の隅にいるバンズを見た。  バンズ・アイアンサイドは、いつものように胃薬を噛み砕きながら、気だるげに書類の山をめくっていた。


「……まあ、待ってくださいよコンサルタント。この人は確かにア。。。ゲフンゲフン、小銭で動くような器用な真似はできませんよ」


 バンズは一枚のレシートを指で弾いた。


「それに、こいつら『銀の狐』の経費精算書を見れば、タネは割れてますから」


 バンズが立ち上がり、フォックスの前に歩み寄る。  その手には、食べかけの『激辛スパイシー・ナチョス』の袋が握られている。ザクザクという咀嚼音が、静まり返った会議室に響く。


「……おい事務屋。難癖をつける気か? ギルド長のサインがあるんだぞ」 「ああ、サインは本物だ。だが、お前らが戦った相手は『偽物』だ」


 バンズはナチョスの欠片を飛ばしながら、一枚の領収書を突きつけた。


「まずこれだ。クエスト出発前、お前たちは雑貨屋で『大型の姿見スタンドミラー』と『演習用発煙筒』を購入している。……戦闘には邪魔なだけの鏡を、なぜ森へ持ち込んだ?」


 フォックスの眉がピクリと動く。


「そ、それは……身だしなみを整えるためだ。俺たちはビジュアル系パーティだからな」 「なるほど。じゃあ、こっちはどうだ?」


 バンズは次のレシートを取り出した。


「文具店の領収書だ。購入品は『ポスター用厚紙』が五十枚。そして……『魔導複写紙カーボンペーパー』だ」


 その単語が出た瞬間、フォックスの顔から余裕が消えた。


「複写紙……?」 「ああ。筆圧を下の紙に転写するやつだ。……さて、ここで三日前のギルド長のスケジュールを確認してみよう」


 バンズは壁のカレンダーを指差した。そこには赤丸で『ゼノ・ブレイバー握手会&サイン会 in 中央広場』と書かれている。


「ギルド長はその日、森の視察なんて行っていない。広場でファンサービスに勤しんでいたんだ」


 ゼノが「ああっ!」と声を上げた。


「そ、そうだ! 思い出したぞ! たくさんのファンが来てくれて、私は一日中サインを書いていた!」 「その中に、お前らもいたんだよ」


 バンズはフォックスを睨みつけた。


「お前らは『ファンです! ポスターにサインしてください!』と言って、分厚いポスターの束をギルド長に渡した。……その一番下のポスターの裏に、『魔導複写紙』と、この『討伐証明書』を仕込んでな」


 会議室がざわめく。  あまりにも原始的で、あまりにも大胆なトリック。  ゼノがポスターに力強く署名した筆圧が、複写紙を通じて下の証明書に転写され、さらに魔力インクの成分も浸透したのだ。


「そして森の中で、鏡と発煙筒を使って『ドラゴンの幻影』を作り出し、遠くの村人に目撃させた。……『幻影龍』の正体は、煙に映ったお前ら自身の影と、ただのトリックアートだ」


 バンズはナチョスを口に放り込み、結論を告げた。


「詐欺罪、公文書偽造、およびギルド長への背信行為。……言い逃れはできるか?」


 フォックスたちはガックリと膝をついた。


「……くそっ。完璧な計画だと思ったのに……まさかレシートを見られるなんて……」


 真相が明らかになり、ゼノの「汚職疑惑」は晴れた。  だが、ベクターの表情は晴れなかった。


「……汚職ではなかったようですね。ですが」


 ベクターは冷徹に眼鏡を光らせた。


「自分が何にサインしているかも確認せず、ファンの持参物にホイホイと署名する。『セキュリティ意識の欠如』は致命的です。これはこれで、解任に値する重大な過失ですよ」 「ぐぬぬ……! し、しかし、ファンの純粋な笑顔を疑うことなど、私にはできん……!」


 ゼノが苦しい言い訳をする。正論すぎて反論できない。  このままでは、結局ゼノは処分されてしまう。  バンズはため息をつき、計算機を取り出した。


「……まあ待て、ベクター。確かに過失だが、結果的に『利益』は出ている」 「利益? 詐欺未遂でギルドの信用を傷つけたのですよ?」 「いや。こいつらが作った『幻影龍』の噂のおかげで、周辺の村に『ドラゴン見学ツアー』の客が殺到しているんだ」


 バンズは一枚の報告書を滑らせた。観光協会からの感謝状と、寄付金の目録だ。


「村の宿も食堂も大繁盛だ。観光協会から、ギルドへ『協力金』として金貨五百枚が振り込まれている」 「……!」

「こいつら『銀の狐』には罰として、そのツアーの『演出係(黒子)』をやらせよう。本物の幻影魔法使い(トリックメーカー)として森で煙を焚かせれば、観光客は喜び、ギルドには継続的な興行収入が入る。……解任して混乱を招くより、よほど『効率的』だろ?」


 ベクターは数秒間、計算機のような目でバンズとゼノを見比べた後、小さく息を吐いた。


「……合理的です。キャッシュフローがプラスになるなら、今回は不問としましょう」


 ベクターは解任動議書を破り捨て、退室していった。  首の皮一枚で繋がったゼノは、安堵で椅子に崩れ落ちた。


「助かったよ、バンズ君! 私のサインが、まさか観光資源になるとはな! やはり私の人気は衰えていないということか!」

「……反省してくださいよ。次からはサインする前に、紙の裏までめくって確認してください」


 バンズは空になったナチョスの袋を握りつぶし、新しい胃薬の封を切った。  口の中に広がるスパイシーな後味と、苦い薬の味。  それが、この更生都市の「大人の味」だった。

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