隠蔽された戦果と、深夜の即席魔導焼きそば
深夜のギルド作戦室。 昼間の喧騒――ギルド長ゼノによる独断専行と、それに続く英雄的突撃――が嘘のように、室内は冷たく静まり返っていた。
部屋の中央には、王都から来た経営戦略顧問、ベクターが立っている。 彼の目の前には、昼間のスタンピード(魔物暴走)から生還したばかりの新人パーティ『暁の槍』の三人組が、縮こまって座っていた。リーダーのルードは包帯だらけだ。
「……つまり、貴方たちはこう主張するわけですね」
ベクターは無機質な声で確認した。
「スタンピードの原因は、ダンジョンの奥地で遭遇した『変異種のドラゴン』である。自分たちはその脅威から撤退戦を余儀なくされ、装備を失った。ついては、この『新種発見』に対する情報料と、装備の補填を要求する、と」 「あ、ああ! そうだ!」
ルードが声を張り上げた。
「あんな化け物、見たことねえ! 俺たちが囮になって引きつけなきゃ、街は全滅だったはずだ! 英雄的な撤退だったんだよ!」
ベクターは表情一つ変えず、手元の魔導具を操作した。 『真実の目』。王都の最新技術で作られた、多角解析魔導具だ。
「……却下です」
ベクターが冷酷に告げた。
「ダンジョン内の魔素濃度を解析しました。貴方たちがいた第3区画に、ドラゴン級の魔物反応は記録されていません。加えて、貴方たちの生体情報。心拍数、発汗量、魔力消費量……すべてにおいて『死の恐怖』を感じた数値ではない」 「は、はあ!? 機械が勝手に決めるなよ!」 「魔導具は嘘をつきません。貴方たちの報告は『虚偽』です。承認欲求と金銭欲を満たすためのデマゴーグ。……ギルド規約第5条に基づき、貴方たちの冒険者証を永久凍結します。二度とこの街で活動できると思わないでください」
「なっ……!」とルードたちが絶句する。 反論の余地を与えない、完璧な論理による処刑。 ベクターが「退出を」と警備ゴーレムに合図を送ろうとした、その時だった。
ズズッ。ズズズッ。
静寂な作戦室に、下品なほど大きな水音が響いた。 同時に、強烈な匂いが漂ってきた。 焦げたソースと、乾燥キャベツと、揚げ玉の油が混ざり合った、暴力的な香り。
「……なんだ、この異臭は」
ベクターが顔をしかめて振り返る。 部屋の隅、魔導通信士席の影に、バンズ・アイアンサイドが座っていた。 手には四角い容器。『大盛り即席魔導焼きそば・激濃ソース味』だ。水魔法石とお湯を入れて三分待つだけで食べられる、独身貴族の友である。
「……待てよ、コンサルタント」
バンズは箸で大量の麺を持ち上げながら言った。
「あながち、こいつらの言ってることは嘘じゃねえかもしれないぞ」 「バンズ課長代理。職場での食事は禁止したはずですが」 「今は休憩時間だ。それに、これは夜食じゃねえ。……『燃料』だ」
バンズは麺をさらに豪快にすすり込んだ。ソースの粒子が飛散し、ベクターが露骨に嫌な顔をして後ずさる。
「不潔ですね……。それに、私の解析は完璧です。魔導具の記録にドラゴンの反応はない」 「ああ、ドラゴンはいなかっただろうな。だが、『何か』はいたはずだ」
バンズは懐から、数枚の紙切れを取り出した。油の染みたレシートと、カーボン複写の伝票だ。
「こいつらの『経費精算書』と、街のクリーニング屋から回収した『洗浄依頼伝票』だ。これを見れば、魔導具には見えない『現場の空気』が読める」
バンズはレシートの一枚をベクターに突きつけた。
「まずこれだ。出発前、こいつらは雑貨屋で『強力乾燥石』を大量に買い込んでいる。湿気取りに使う生活用品だ。……戦闘には何の役にも立たないガラクタを、なぜリュック一杯になるほど買った?」
ルードの顔が引きつる。
「そ、それは……ダンジョンがジメジメしてるから、着替えが濡れないように……」 「嘘をつけ。お前らの靴底を見ろ」
バンズが指差した先。ルードたちのブーツには、赤茶けた土がこびりついていた。
「スタンピードが起きた第3区画は『湿地帯』だ。泥ならともかく、そんな乾いた赤土が付くはずがない。……お前らが本当にいたのは、湿地帯のさらに奥にある『未発見の乾燥洞窟』だろ?」
ベクターが眉をひそめる。
「乾燥洞窟……? 地図情報には存在しませんが」 「だから『未発見』なんだよ。そして、そこでこいつらは『お宝』を見つけた」
バンズは次の伝票――クリーニング屋の分析結果――を提示した。
「鎧の付着物一覧だ。『金色の花粉』が大量に検出されている。これは希少植物『黄金花』のものだ。乾燥した場所にしか咲かない、一本で金貨十枚は下らない換金アイテムだな」
ルードたちが「あっ」と声を漏らす。
「謎が解けたぜ。お前らは乾燥洞窟で『黄金花』の群生を見つけた。だが、この花は湿気に弱い。持ち帰る途中で湿地帯を通れば、枯れて売り物にならなくなる」 「……だから、『強力乾燥石』か」
ベクターが呟いた。
「ご名答。こいつらは洞窟内で乾燥石を大量に使って、花を保存しようとした。だが、乾燥石は急激に吸湿すると『高熱』を発する性質がある。……洞窟内で焚き火をしたようなもんだ」 「なるほど。その熱と煙に驚いた先住者――例えば『吸血蝙蝠』の群れがパニックを起こし、外へ飛び出した。それがスタンピードの引き金になったと?」 「そういうことだ。ドラゴンに見えたのは、煙の中で暴れ回る蝙蝠の群影だろうよ」
バンズはニヤリと笑い、焼きそばの最後の一口を飲み込んだ。
「どうだ、ルード。図星だろ?」
ルードはガックリと項垂れた。
「……ああ、そうだよ! 特大の群生地だったんだ! あれを売れば、借金も返せると思ったんだよ……!」
真相が暴かれた。 ベクターは冷徹に眼鏡の位置を直した。
「やはり追放ですね。私利私欲のために人為的な災害を引き起こし、ギルドに多大な損害を与えた。情状酌量の余地はありません」 「待て」
バンズが空になった焼きそば容器を置き、手回し計算機を取り出した。
「こいつらを追放したら、未発見エリアの『黄金花』のルート情報が闇に消える。……それは『非効率』じゃないか?」
ガシャ、ガシャ、チーン。 軽快な音が響く。
「こいつらの処分は保留だ。代わりに、懲罰部隊として『黄金花』の採取ルートを確立させる。花はギルドが独占販売し、売上の九割を徴収する。……試算では、今回のスタンピードの被害総額を補填しても、さらにお釣り――金貨五百枚の黒字が出るぞ」
金貨五百枚。 その数字を聞いた瞬間、ベクターの動きが止まった。 彼の脳内で、瞬時に損益計算が行われる。追放による正義の執行か、それとも実利か。
「……合理的だ」
数秒の沈黙の後、ベクターは忌々しげに言った。
「感情論ではなく、数字で黒字を出せるなら異論はありません。……採用しましょう」 「商談成立だな」
バンズはルードの肩をポンと叩いた。
「聞いたな? 追放は免除だ。その代わり、明日から死ぬ気で働け。借金はさらに増えたからな」 「あ、悪魔……! でも、ありがとうございやす……!」
泣きながら連行されていくルードたち。 部屋には、ソースの強烈な匂いだけが残された。
「……換気魔導具を。最大出力で」
ベクターがハンカチで鼻を押さえながら指示を出す。 バンズは伸びきった焼きそばのキャベツを箸でつまみ、口に放り込んだ。
「……不味い。麺がブヨブヨだ」
だが、その味は、味気ないゼリーなんかより、ずっと「勝利」の味がした。




