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聖なる更生都市の監査記録 ~英雄の嘘を暴くのは、剣ではなくレシートでした~  作者: 冷やし中華はじめました
冷徹なるコンサルタント

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冷血なるコンサルタントと、虚無味のゼロカロリーゼリー

 その朝、ギルド『パスファインダー』のロビーは、墓地のように静まり返っていた。  いつもなら、クエストの奪い合いで怒号が飛び交い、二日酔いの冒険者が床で寝ている時間だ。  だが今朝は、冒険者たちが一言も発さず、整然と列を作っている。受付カウンターには、巨大な墓石のような『自動発券魔導機』が鎮座し、無機質な光を点滅させていた。


「……なんだ、これは? 誰かの葬式でも始まったのか?」


 出勤してきたバンズ・アイアンサイドは、異様な光景に眉をひそめた。  いつもの定位置にいる部下のミナに近づく。彼女は死んだ魚のような目で、機械的に承認印を押し続けていた。


「おい、ミナ。どうした? 冒険者たちが借りてきた猫みたいにおとなしいが」 「おはようございます、課長。本日の業務プロセスは『最適化』されました。私語は生産性を低下させるため禁止です」


 ミナの声は、まるで自動人形オートマタのように抑揚がなかった。


「は?」 「ご用件は魔導タッチパネルへどうぞ。現在、有人対応はコスト削減のため廃止されました」 「……俺だ、上司だぞ。寝ぼけてるのか?」


 バンズがミナの目の前で指を鳴らすと、彼女はハッとして瞳に光を取り戻した。


「あ、課長……! 助けてください、息が詰まりそうです!」 「何があった? このふざけた機械はなんだ?」 「『彼』ですよ……。王都から来た『再建屋』です」


 ***


 最上階のギルド長室。  そこは、英雄の栄光とは無縁の「白い部屋」に変貌していた。  壁に飾られていた魔物の剥製や伝説の剣はすべて白い布で覆われ、部屋の中央には巨大な幻影投影板スクリーンが浮かんでいる。


 その部屋の隅、窓際に置かれたパイプ椅子に、ギルド長のゼノ・ブレイバーが小さくなって座らされていた。まるで叱られた子供のように背中を丸めている。  部屋の中央に立つ男が、懐中時計を見ながらバンズを一瞥した。  神経質そうな銀縁眼鏡に、定規で測ったような七三分け。


「遅いですね。定刻より十三秒の遅れです、バンズ・アイアンサイド課長代理」 「誰だ、あんたは。ここはギルド長の部屋だぞ」


 バンズが不快感を隠さずに尋ねると、男は無表情で答えた。


「紹介が遅れました。王都中央評議会より派遣された、経営戦略顧問コンサルタントのベクターです。本日より、この支部の『構造改革』に関する全権を委任されました」 「構造改革だと? 聞いていないぞ」 「当然です。無駄な事前連絡コストは省きましたから」


 ベクターが指先を動かすと、空中の投影板に真っ赤な折れ線グラフが表示された。奈落の底へ突き進むような右肩下がりの線だ。


「先月の決算報告を見ました。……酷いですね。壁の修繕費、不明瞭な見舞金、そして無意味なポーションの浪費。経営破綻寸前です」 「それは……現場の事情というものがあってだな」 「事情(言い訳)は結構。数字が全てです」


 ベクターは冷徹に切り捨て、ゼノの方を一瞥した。


「特に最大の問題は、トップの『非効率性』です。精神論だけで組織を回し、どんぶり勘定で赤字を垂れ流す。……まさに『老害』の極み」 「うぅ……」


 ゼノがビクッと肩を震わせる。かつての英雄も、数字という暴力の前では無力らしい。


「……おい。言葉が過ぎるぞ」 「事実でしょう? ですので、私が『効率化』します。冒険者の管理はすべて自動化し、感情やロマンといった不確定要素ノイズを排除する。それが更生への最短ルートです」


 ベクターは、バンズの目の前に分厚いファイルを叩きつけた。


「貴方の監査業務も、最新の『論理思考型ゴーレム』に置き換えます。引継ぎ書です。明日までに仕上げてください」 「……俺をクビにするってことか?」 「いいえ。『再配置』です。地下資料室での紙整理業務が適任かと。……ああ、それと」


 ベクターの視線が、バンズのポケットから覗いているパッケージに向けられた。『激甘キャラメル・クランチ』だ。


「職場での飲食は禁止です。血糖値の乱高下は判断力を鈍らせますから。代わりにこれを支給します」


 放り投げられたのは、透明なパウチ容器だった。中身は無色透明なゼリー状の液体。  ラベルには『完全機能食・タイプゼロ』と書かれている。


「カロリーゼロ、糖質ゼロ、味付けゼロ。錬金術により必要な栄養素とカフェインのみを抽出しました。……『効率的』でしょう?」


 ***


 夜。地下にある監査部の執務室。  バンズは自席で、気だるげに『完全機能食・タイプZ』を吸っていた。


「……ずぞぞ」 「……っ、不味マズい」


 顔をしかめる。スライムの死骸を液状にして飲まされているようだ。不味いとか美味い以前に、『虚無』の味がする。


「課長……本当にいいんですか? このままだと、ギルドが乗っ取られちゃいますよ」


 隣の席のミナが、心配そうに声をかけた。


「相手は王都の勅命を持ってる。下手に逆らえば、俺もギルド長も懲戒免職だ」


 バンズはゼリーの容器を握りつぶした。


「奴の言ってることは正しい。『数字』の上ではな。……俺たちが今までやってきたこと(隠蔽工作)のツケが回ってきただけさ」 「でも……あの機械的なやり方で、ここの荒くれ者たちが納得するでしょうか?」 「するわけがない。……見てろ。効率化きれいごとだけで回るほど、この街は甘くないぞ」


 その時、執務室の魔導ランプが赤く点滅し始めた。  ウーッ! ウーッ!  不快な警報音が鳴り響く。


「緊急警報!? 第3ダンジョン区画で大規模な魔物反応スタンピードです!」


 ***


 ギルド作戦室。  中央の巨大な水晶板には、大量の魔物のアイコンが赤い波となって表示されていた。


「慌てるな。想定の範囲内だ。自動防衛システムを起動。迎撃コストが最も低いルートで冒険者を誘導しろ」


 指揮官席に座るベクターが、淡々と指示を出す。  魔導通信士オペレーターたちが魔導盤を操作する。だが、水晶板上の冒険者アイコンは、指示とは逆の方向へ動いていく。


「なんだ? なぜ奴らは指示に従わない? 最短ルートを提示しているはずだぞ」


 ベクターが焦りの声を上げた時、バンズとゼノが部屋に入ってきた。


「従うわけがないだろう。お前が提示したルートは『泥沼地帯』だ」


 バンズは水晶板を睨みつけて言った。


「足元が汚れるのを嫌う貴族上がりの冒険者たちは、遠回りでも舗装された道を選ぶ。装備の汚れは修理費コストに直結するからな」 「な……ッ!? 緊急時だぞ! 全体の効率を優先すべきだ!」 「人間はプログラムじゃない。感情と損得勘定で動くんだよ」


 その時、画面上で逃げ遅れた新人パーティのアイコンが赤く点滅し始めた。魔物の群れに完全に包囲されている。


「……チッ。損切り(ロスカット)だ」


 ベクターが冷酷に告げた。


「そのパーティの救出確率は12%。救援部隊を送れば二次被害のリスクが増大する。……見捨てろ」 「断る!!」


 雷のような怒号が響いた。  ゼノがベクターを押しのけ、通信用の魔導マイクを鷲掴みにする。


「なっ、何をする! 指揮権は私にある!」 「うるさい! 確率がどうした! 部下が死にそうな時に、計算機を弾いている暇があるか!」


 ゼノはマイクに向かって吠えた。


『全冒険者に次ぐ! 私はギルド長、ゼノ・ブレイバーだ! 現在、仲間が危機に瀕している! 利益も効率も関係ない! ただ『第2条:導きの光(魂の赴くまま)』に従い、武器を取れ! 私が先陣を切る!!』


 言い放つなり、ゼノは腰の聖剣レプリカを引き抜き、作戦室の窓ガラスを蹴破って夜の闇へ飛び出した。


「ば、馬鹿な!? ここから戦場までは三キロあるぞ! 到着する頃には……」 「……ベクターさん。あんたの計算式には、『英雄補正』が入ってないみたいだな」


 バンズは懐から、隠し持っていた『超高密度カカオ・バー』を取り出した。砂糖と魔素を練り固めた、カロリーの塊だ。


「き、貴様! 飲食禁止だと言ったはずだ!」 「知るか。……これから残業サポートだ。糖分がねえと頭が回らねえんだよ」


 バンズはチョコバーにかぶりつき、ギラついた目でベクターを睨んだ。  強烈な甘さが、虚無味のゼリーで麻痺していた脳を覚醒させる。


「ミナ! 現場周辺の建築データをくれ! ギルド長が最短で突っ込めるように、民家の屋根を使った『空中ルート』を算出する!」 「はいっ! お待ちしてました!」 「やめろ! 民家の屋根など、破損リスクが計算できない!」


 ベクターが止めようとするが、バンズは無視して手回し計算機を高速で回転させ始めた。


「うるせえ! 指くわえて見てろ、コンサルタント! これが俺たちの『非効率な』やり方だ!」


 ガリガリガリッ!  チーン!


 噛み合わせの悪い歯車が悲鳴を上げ、軽快な鐘の音が作戦室に響き渡る。  それは、冷たい効率主義に対する、熱い反逆のファンファーレだった。

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