英雄という名の不良債権
この世界において、「英雄」とは職業ではない。 ただの「課金区分」だ。
大陸の最果て。世界最深のダンジョン『虚無の座』の真上に蓋をするように建設された、白亜の城塞都市ヘリックス。 聖なる更生都市。傷ついた魂の救済所。 そんな美しい謳い文句に誘われ、今日も数多の若者が、富と名声を夢見て門を叩く。
だが、彼らは知らない。 この街の正体が、冒険者という名の「顧客」から骨の髄まで搾り取る、巨大な集金システムであることを。
安全のために義務付けられた、高額なレンタル装備のサブスクリプション。 精神の安寧を保つための、依存性の高い更生ポーション。 教会が発行する、罪を金で洗い流す免罪符。
魔物を倒せば倒すほど、彼らの懐は寒くなり、都市の支配層は肥え太る。 夢を見るには金がかかる。 そして、その夢の対価を払えなくなった時、英雄はただの「不良債権」へと成り下がるのだ。
***
冒険者ギルド『パスファインダー』、地下資料室。 カビとインクの臭いが充満するその部屋で、バンズ・アイアンサイドは手元の書類に赤いスタンプを叩きつけた。
【否決】
「……嘘だな」
バンズは独りごちた。 目の前にあるのは、新人パーティが提出した『激戦の報告書』だ。 そこには、トロールの群れと死闘を繰り広げ、剣が折れるまで戦ったという武勇伝が、涙を誘う筆致で綴られている。
だが、バンズのデスクにあるのは感動ではない。 冷徹な「事実」だ。
――当該時刻のポーション消費量、ゼロ。 ――武器の損耗率データ、異常なし。 ――近隣の酒場『酔いどれ猫』のレシートに、彼らの注文履歴あり。時刻は戦闘中のはず。
「剣でトロールは斬れても、数字は斬れないんだよ」
バンズは新しい胃薬の封を切った。 粉薬を口に含み、水も飲まずに嚥下する。舌に残る苦味が、この街の欺瞞の味によく似ていた。
上の階では、伝説の勇者であるギルド長が、今日も能天気に「夢」を語っているだろう。 冒険者たちは、その夢に酔いしれ、明日の支払いに怯えながら剣を振るう。
誰かがやらなければならない。 夢の残骸を拾い集め、嘘で塗り固められた帳簿を正し、この狂った都市システムを維持する汚れ仕事を。
「……さて。仕事(監査)の時間だ」
バンズは胸ポケットから、愛用の手回し計算機を取り出した。 それは、剣よりも鋭く、魔法よりも残酷に、英雄の嘘を暴く唯一の武器。
これは、聖なる更生都市の影で、レシートと伝票を武器に戦う、一人の監査官の記録である。




