94 葉っぱとゴブリンと私
ずっと笑いっぱなしだったアリオスの瞳が、前方を見据えてすっと細められた。それと同時に、私の鼻を掠る匂い。汚物を撒き散らした据えた匂いに、ぎゅっと眉間に皺がよる。
「あら、アルちゃん、どうしたのかしら?」
「……… くちゃい」
私は、息を止めたまま、手に持った杖っぽい枝を、前方に突き出す。ゆらりと揺れる二枚の葉っぱ。
「術式展開 ウィンド」
森の中の空気の流れが、ピタリと止まる。枝の先っぽについた二枚の葉っぱがぶるぶる揺られ始めたかと思った瞬間、ごうっと強風が、冒険者たちの間を駆け抜けた。
後方からいきなり煽られた強風に、冒険者たちがざわりと振り返った。
モナリィが、弓矢を引いて矢を放つと、そのまま側を歩いていたスピーダーパンサーの背に飛び乗った。
「レン! 早く乗って ゴブリンよ」
「おう!」
モナリィの後ろに飛び乗ると、レンが剣を腰から抜いて構える。
「私たち、アルさんに負けないから」
そう一言だけ残すと二人を乗せたスピーダーパンサーは、森の奥へ颯爽と消えていった。
「俺たちも遅れをとるな モナリィやレンに続け!」
「応!」
「俺たちだって Cランクだ 行くぞ!」
颯爽と消えたモナリィ達の後を追って、冒険者たちが、剣や槍を構え、森の奥へと走って行った。
「おい」
アリオスから、少し低めの声が出る。ふと手にした杖っぽい枝の先っぽを見て、私は驚愕の悲鳴を上げた上げた。
「うわああああ 師匠 どうしよう!」
「ああん 何を今更 わかってんのか?」
「あぁぁぁぁ 二枚の葉っぱが どっかいっちゃった……」
ゆらゆら揺れる二枚の葉っぱ。結構お気に入りだったのに、強風でどこかに飛んでいって、ただの棒になってしまった。
「違う そこじゃないだろう」
「術式展開 グロウ!」
アリオスが、うがあと吠えているが、今はそれどころじゃない。木の枝に、私は植物成長促進の魔術であるグロウを展開する。
イメージ、魔術にはイメージが大事だよ! 自分に言い聞かせながら、二枚の葉っぱのイメージを送り続ける。枝全体が、柔なか白いオーラに包まれて、にょきにょきっと二枚の葉っぱが生えてきた。
「ちょっと、枝が若々しくなっちゃったけど、問題ないですよね?」
「問題ありまくりだわ! バカ娘」
ゴチンとゲンコツを頭に落とした。いきなりのゲンコツに頬を膨らませ、唇を尖らした。
「嬢ちゃん、おまえな ゴブリンの巣に向かっていきなり風を吹かせたら、風下から近づいて行く意味が無くなるだろ?」
「そっち? でもレンとモナリィなら大丈夫だよ?」
「バーカ そっちじゃねえ 後からついて行った残りの冒険者たちだ」
アリオスに言われて、少し上を向いて残りの冒険者たちを思い出す。思い出す?
「師匠 どうしよう 私 レンとモナリィ以外の冒険者って、顔を覚えてないよ」
「ブハッ おまえ、心配するところじゃねえのかよ」
「うーん レンとモナリィがいるから、平気でしょ」
探索魔術前方を確認したけど、17体程度の小規模なゴブリンの巣だ。レンならやれる!さっきのモナリィの弓の腕前なら大丈夫。そんな確信を持っていた。
ザッザッザ、落ち葉を踏み鳴らしながらギルド職員のルーカス、ジェシカの非戦闘員と一応お付き添いという名目のバート、アリオスを伴って、私たちはレンやモナリィたちが進んだ道を歩いていく。
「ひっ ゴ、ゴブリン!」
ルーカスが脇に仰向けで倒れていたゴブリンを見つけ、小さく悲鳴を上げた。
「眉間の間を矢が突き刺さって即死っすね ルーカスさん大丈夫っす コイツもう動きませんよ」
バートが、ルーカスに倒れているゴブリンについて説明をしている。ルーカスは、バートの説明に頭を上下にこくこく振って頷いている。ルーカスと違って、ジェシカは、「あらまあ アルちゃんの言う通り、臭いわね」とハンカチで鼻を抑えながら感想を呟いた。
「ブハッ 確かにコイツら臭えわな しかし、腕が良いな」
臭いにどこに笑うツボがあるんだよ? 相変わらず笑うツボがおかしいアリオスの発言に首を傾げてしまう。
「モナリィは、腕が良いだけじゃなくて、目が良いんだよ だからこそ 正確に眉間を打ち抜ける」
二枚の葉っぱがついた枝の先で、ゴブリンを差すとゆらゆらと葉っぱが揺れる。うん、しっかりと枝の先にくっついている。取り敢えず、もう二度と葉っぱが落ちないように、枝に強化と状態保存の魔術施した。
「えいっ」
右手に持った杖っぽい枝をブンッと一振り。枝の先っぽの葉っぱが二枚ゆらゆら揺れる。
「うん、これで大丈夫」
「ぶっ ぎゃはははは 嬢ちゃん やめてくれ! ソレ、永久保存するつもりか?」
「え? 良いじゃん 可愛いじゃん ダメ?」
すぐ近くで、ゴブリンがけたたましく吼える声と冒険者たちの怒声が聞こえる。取り敢えず、目的地はすぐそこってこと、鼻が曲がりそうな匂いを肌で感じた。




