8 三つのお約束
三日月亭は、国営ギルドマロー支部と提携している宿である。宿泊費が30ダリルと低価格であるがため、宿泊客の殆どが新人冒険者が占めている。
宿の女将、メリルの人情味溢れる笑顔と、料理好きな主人ダンのお肉満載のお弁当は、新人冒険者たちのお気に入りの一つだ。
「おはよう アルちゃん 今日も一日元気にがんばんな そら、アルちゃんのお弁当」
「メリルさん いつもありがとう 行ってきます」
アルが最果ての街マローで暮らし始めて約二ヶ月が経っていた。
副ギルドマスターであるジェシカは、アルをマローの街に馴染ませるため、三日月亭での連泊を推奨してくれた。元々コミュニケーション能力が皆無の私にとって、リハビリにうってつけらしい。
「アル坊 この間は屋根の修理ありがとう」
「お掃除手伝ってくれて とっても助かったの また、お願いね」
「わーい アル姉ちゃんだ!また遊んでね」
道を歩けば、ギルドの依頼を通じて顔馴染みとなった街の住人たちが、声をかけてくれる。中には、「コレ持っていきな」とお土産を持たせてくれる事もある。
「いつもありがとう」
「私こそ、お仕事をさせてくれてありがとうございます」
「また、お母さんが忙しい時には、ぜひ声をかけてね」
自然と交わすことができるようになった挨拶と心の交流が、私の心をどんどん感情豊かにさせていく。
「あら、今日も随分お土産を貰ったわね」
あの日、ジェシカが私の専属担当になって以来、ほぼ毎日行なっている打ち合わせ。私の受注する依頼は、全てジェシカが推薦してくれたものから選んでいる。もともと自分で選んだ依頼をジェシカに見せたところ、とっても渋い顔をされてダメ出しを食らったこともある。
「ゴブリンの巣の駆除? ハァ?マッドスパイダーの群れの討伐?それで、ダンジョン最下層ボス部屋の攻略ねぇ」
「初めての依頼だし、失敗したくないからぁ……」
ピンと指先で額を弾かれ、悉くダメな理由を説明される。
「いい、アルちゃん お一人様を満喫したいのに、何殺伐とした依頼を持ってきているのよ まずは、街の住人からの依頼を選びましょ」
そうだった。私は、ソロの冒険者を目指しているのではなくて、自由気ままに人生を闊歩するお一人様を目指している。ジェシカのアドバイスの元に依頼を選び直し、屋根の修理や家の大掃除などの依頼をどんどんこなしていった。
そして、今日もジェシカとの打ち合わせを始める。ジェシカは、私のスコアを一つ一つ確認しながら満足毛に笑みを浮かべている。
講習会を受講したあの日、私はエルビスとジェシカに自分の捨てた過去を打ち明けた。孤児であったこと。魔力操作が顕現したことで【白銀の翼】のギルドマスターに奴隷として売られたこと。従属の印が消えてことで、自我を取り戻すことができ、【白銀の翼】を抜けたことを話した。
エルビスもジェシカも、ありのままの私を受け入れてくれたことが、とても嬉しかった。
ジェシカが私のスコア見比べながら、とステータスの更新作業を進めていく。相変わらず訳の分からないステータスになっていく。
登録者:アル
冒険者ランク:C
レベル:999
受注依頼:48
依頼成功:48
依頼失敗:0
褒章:無し
ペナルティ:無し
報酬:8,407,335ダリル
私が目指すお一人様に向けて、ジェシカと幾つか約束を交わした。
お約束その一、毎月一体ずつストックしている魔物の売却をすること
うっかりサイクロプスを2体ストックしていたことがバレてしまった私は、他にも魔物や魔獣を所持していることを見抜かれてしまった。ギルドとしては、全て買い取りもできるが、騒動になることが予測できるため、毎月一体ずつが妥当だろうということになった。報酬額とレベルが爆上がりした原因でもある。
お約束そのニ、必ず一週間に一度は休息日を設けること
もともと奴隷だった私には、休息日という概念がなかった。「大怪我をした時は、数日休むよ」と伝えたら、それは休息日とは違うとジェシカに懇々と怒られてしまった。因み「空いた時間ができたら何がしたい?」と尋ねられたため、迷わず「武器の手入れ」と答えたら深いため息を吐かれてしまった。とにかく食べることが大好きだと伝えると、評判のお食事処を教えてもらった。お陰で、休息日には、甘味処巡りという趣味が出来たのだ。
お約束その三、街の住人との交流を図ること
私の居場所を作るためにも一番重要なことだとジェシカに言われた。どうやって交流を持てば良いのかわからなかった私にはとても難易度の高いお約束だった。ジェシカから街の住人からの依頼を受注するアドバイスをもらっていなかったら、未だに挨拶すらろくに交わすこともできなかったと思う。
「うんうん、順調に街の人たちとも交流が増えて来たわね アルちゃんのお仕事評判良いのよ ぜひ、次もお願いしますってお礼もよくいただくわ」
柔らかい笑顔で褒めてくれるジェシカ。お説教も小言もいっぱい言われるけど、最後にはいつもしっかりと褒めてくれる。
「ありがとうございます とっても嬉しい 全部、全部、ジェシカさんとエルビスさんのお陰」
頬が赤く熱くなってくる。以前の私なら「当たり前のことをしただけ」とか「了解しました」くらいの返答しか出来なかった。赤くなった頬を手のひらで仰ぎながらへにゃりと口元が歪む。
「それじゃあ、明日からのお仕事候補は、コレよ」
私は、目の前に出された三つの依頼書を手にとってじっくりと依頼内容を読み込んでいく。走り書きされたジェシカのコメントに目を奪われた。
・ハニービーのハチミツ採取
虫系の魔物ハニービー。討伐ランクはE。ハチミツは、焼きたてのパンケーキにかけると頬っぺたが落ちそうなほど甘くて美味しいのよ(ジェシカ)
・ジュレルの丘に咲くスズラ草の採取
可愛らしい白い花が特徴のスズラ草。採取ランクE。採取した草を煎じるとリラックス効果満点のお茶になるわ。お土産にも最適。(ジェシカ)
・ゴードンビートルの討伐
硬質な皮膚を持つ虫系の魔物。討伐ランクD。長くて太い角で敵を投げ飛ばすチョッピリ危険な魔物。明け方にメープールと呼ばれる樹木で蜜を吸っていることが多いわ。メープールの樹液は、シロップとして、ミルクティーやミルクコーヒーによく合うわ。お菓子やパンに練り込んで焼くと美味しいわよ。(ジェシカ)
いつもの屋根の修理や大掃除などの仕事と異なり、討伐や採取の依頼内容に思わず顔を上げた。
「二ヶ月よく頑張ったわね そろそろ思いっきり身体を動かしたいんじゃないかと思ったの ご褒美には程遠いかもしれないけど、どうかしら?」
依頼は、どれもEランク向けの仕事になる。だけど、美味しそうな依頼にわくわくと心が躍る。
「この依頼 全部でお願いします!!」
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