71 思い出と魔狼と私
リズの里親としての試験期間について、今日で最終日だ。今日までの六日間を過ごして、リズ自身の気持ちも確認してみたが、孤児院から出て行く気は起きなかったらしい。
「今日が試験期間、最後の日ですね」
「ムガルのおじちゃん やっぱりアタシの気持ちは変わらないよ?」
「そうですか それでは、最後の思い出作りとしましょうか アルデリア行きましょう」
最後の思い出作りねぇ……やけにアッサリしているもんだね。最後だからといって気を抜かないように、自分自身の警戒を緩めないよう再確認の気持ちも込めて、ローブにつけている【白雪】のエンブレムを触った。
「最後ですから、今日はいろんなお店を見て回りましょう」
取り敢えず、子どもたちのお土産をと思い、商店街にあるお菓子専門店に行った。リズと一緒にさまざまなお菓子を選ぶ。ムガルが会計をすると申し出るが、里親をお断りしたこともあり、自分達で購入するからと断った。
二店舗目は、ムガルおすすめの茶葉を取り扱う店舗にやってきた。
「すごく良い香りだね お姉ちゃん」
「このお店では、試飲もできるんですよ 私も気に入った茶葉をブレンドしていたほどですよ」
香りが良い茶葉、お薬のような効能がある茶葉、お肉料理に合う茶葉、お魚料理に合う茶葉、ハーブや薬草をたくさん取り扱っているようだ。
「あ、スズラ草もある」
「ああ、リラックス効果がある茶葉ですね 女性に人気があると聞いてます」
ムガルは、おすすめだと言うだけあって、茶葉についても知識が豊富のようで、いろいろと効能や味について説明してくれた。
「おじちゃん詳しいんだね」
「お茶一つで、ヘルミナさまのご機嫌が取れるなら、詳しくもなります」
なるほど、ヘルミナのご機嫌を取るために、茶葉についても詳しくなったんだ。いろいろと我が儘放題だもんね、あのお嬢さん。ムガルが、幾つか茶葉を選んで、店員に試飲をお願いしていた。頼んでもいないのに、私とリズの分も用意してくれる。
「柔らかい香りで、リラックス効果があるようですよ」
店員の手前、無下に断ることもできず、グラスを受け取り、一気に飲み干した。柔らかい香りだと言うが、私には少々香りがきつい。鼻に残り香纏わり付くので、あまり気に入らなかった。ヘルミナとは、お茶の趣味も合わないらしい。リズが不安にならないために、飲み干したが、ニヤリといやらしく笑みを見せたムガルにざわりと心が波打ち動悸が早くなった。
その後も洋品店や雑貨屋などを巡る。いろいろ店舗を巡り、動き回ったためか、リズのお腹がぐうっと鳴る。
「お腹も空きましたし、中央広場の屋台で何か買って食べましょうか」
「それでいい」
屋台で購入するなら、代金もたかが知れている。ムガルに遠慮する必要もないだろう。出店している屋台で、芳ばしい匂いで客が並ぶ、レッドボアの串焼きを買った。リズが、口いっぱいに頬張り、「あ、美味しい」と無邪気に喜んだ。
「今日は、シャボン玉売ってないの?」
「ああ、ヘルミナさまですか? 疲れたと言って、宿で休んでいますよ 試験期間が終われば、ゼブディアに帰ると伝えてますので、帰り支度でもしているのではないですか?」
「へえ、そうなんだ」
やっと、いなくなる。ほっと一息ついてしまうくらい、少しばかり心が浮き立ってしまった。後、数日で【白銀の翼】に連なるものが、マローからなくなってくれるのが嬉しい。
「アルデリア、最後の晩餐です 串焼き肉だけでよろしいのですか?」
「私は、これ以上貴方に奢ってもらう筋合いはない もちろん、貴方は好きなだけ自分の分を買えば良いと思うけど」
「アタシ、リップルの飴食べたいな」
「よし、お姉ちゃんが買ってあげよう おいで」
デザートとして、リズにリップルの飴を買ってあげた。品評会で、カナリアと一緒に食べたことを思い出す。マローでできた親友のカナリアは、元気にエルガ村で過ごしているだろうか。今回の件が、落ち着いたら、手紙でも書こうと思った。そうだ、アリオスグッズも送ってあげよう。
日が陰り始めたため、私とリズは、帰宅を申し出る。ムガルより、最後まで馬車で送らせて欲しいと申し出もあり、これが最後だし、孤児院まで送ってもらうことにした。
「アルデリア、もう、マローは見納めですね 思い残すことはありませんか?」
「私は、貴方との思い出を作っているわけじゃありませんけど?」
何だろう? 相変わらず気味の悪い会話で、ムガルの意図が見えない。
「お姉ちゃん アレ!」
「リズちゃん どうしたの?」
馬車の窓に顔を貼り付けて前方を見るリズが、突然大きな声で私を呼んだ。窓の外を馬車を追い越すように走って行く黒い影。何匹もの魔狼の群が、馬車を追い越して走って行く。魔狼が向かう先は、馬車と同じ進行方向だ。
「急ぎましょうか?」
「ムガル お願い」
魔狼の群が、孤児院に押し寄せている。アリオスたちがいるから大丈夫だと思うけど、子どもたちが心配だ。ただでさえ、最近は、魔獣が頻繁に現れてると聞いている。ムガルが、御者にもっとスピードを出すようにと指示を飛ばす。大きく跳ね上がるように馬車が揺れ始めた。
「リズちゃん 危ないから 扉から少し離れて、お姉ちゃんに捕まってて」
「うん」
本当は、一人で走る方が早いけど、リズを一人で置いて行くわけにはいかない。はやく、はやくと焦る気持ちを抑えつける。魔狼の遠吠えも聞こえ、リズがぎゅうっと力を込めて抱きついてきた。
孤児院の周りで、アリオスとマザーが戦っている姿が目に入った。馬車が、大きな音を立てて、跳ね上がる。衝撃で馬車の扉が勢いよく開いた。
「ようやくだ」
ムガルが、つぶやいたと同時に、リズを馬車の外へ蹴り飛ばした。私の手から離れ、馬車の外へ転がり落ちて行くリズ。
「リズ!!」
リズが怪我をしないように、魔力を一気に練り上げ、大気の渦を作る。大気の渦は、地面に打ちつけられる前に、リズを受け止めた。リズは、大丈夫。
「がはっ! ム……ガル」
ほっとしたのも束の間、私に痺れるような電流が走り抜け、後頭部に強い衝撃が貫く。
「し、ししょ……お」
薄れゆく意識の中、私とリズに気がついたアリオスが、何か叫びながら走って来るのが見えた。




