68 ムガルとリズと私
ムガルの本当の狙いが、私なのかどうかは、はっきりとはしていない。あくまで現時点では私たちの憶測に過ぎない。
「私、自分の居場所は、自分で守りたい でもいざとなったら、師匠もバートも助けてくれるでしょ?」
「当たり前のことを言うな」
「俺らが、アルを見捨てるわけないじゃんか」
アリオスとバートも絶対私を見放したりはしない。だからこそ、私も真っ向から挑むことができる。
「アタシも お姉ちゃんを守る」
「リズちゃん アナタも狙われてるんだよ そこんとこ忘れちゃダメだよ」
フンスと鼻息荒く、小さな拳を握りしめるリズの頭を撫でる。そして、執務室の扉がノックされ、ムガルの来訪が告げられた。
「みなさま、ご機嫌よう おや、その様子ですと 法務局からの命令書が、届きましたかな?」
「いけしゃあしゃあと まあ良い 今朝方 法務局からお望みの命令書を受け取ったよ」
目を細めて口角を上げるムガルに、マザーが命令書を受け取ったことを伝えた。正式な手段を踏んでるムガルに命令書の受け取りを隠すことはできない。
「それでは、改めて申し上げますね 当方としては、正式にリズさんを里親として受け入れる準備をしております そちらのご返答は如何に?」
「ふぅ 命令書がある以上、無下に断わることができないのは承知した」
軽く息を吐いてマザーは、リズの里親希望について、一考する旨を伝える。
「ただし、この命令書にある通り、リズの気持ちを最優先とさせてもらう 一週間の試験期間をもって、リズがそちらの申し出を受けるかどうかの回答をさせる それで良いかい?」
「ええ、構いませんよ」
想定した通りの回答だったのだろう、ムガルに焦りも驚きも無い。
「それでは、行きましょうか? 時間は有限ですので 付き添いは、………付けられますか?」
「もちろんだね リズはまだ五歳だ 付き添いは、付けさせてもらうよ」
「付き添いは、私が行く」
「へぇ てっきりカリーナさんか、アリオスさんかと思いましたが、アルデリアが付き添われるのですね」
一番警戒心を露わにしている私が付き添いを名乗り出たことが、少し意外だったのか、ムガルは瞳を大きく見開いた。そして、何事もなかったように薄く瞳を細めて、笑顔を見せる。
「それでは、付き添っていただく間、アルデリアも口説くといたしましょう」
「断わる!」
「おやまあ、お早いお返事で 今は、良しとしましょう」
ムガルは、パンと両手を合わせると、「行きましょうか」と席を立つ。私は、リズと手を繋ぎ、ムガルの後に続いた。
「日暮れまでには、お二人を送り届けますので、ご安心を」
執務室を出る前に、ムガルは振り返りマザーに告げる。本当に何を考えているか、全く読めない。
「行ってきます」
マザーとアリオスに告げると、二人とも私に頷き返してくれた。
「そう警戒しなくても 取って食ったりはしませんから 外に馬車を待たせてます」
「馬車?」
「リズさんは、馬車は初めてですか?」
コクンと素直に頷くリズに、ムガルは目を細めて笑顔を見せる。本当に側から見れば、里親を希望し子どもとの距離を縮めようと歩み寄っているようにしか見えない。注意深く、冷静になって考えろ、アリオスの言葉を改めて反芻する。
「お姉ちゃん、お馬さん速いね」
「そうだね」
馬車の車窓から流れゆく景色を見て、喜ぶリズ。私もリズと一緒に景色を見ている。
「本日は、初日ですから、お互いの自己紹介を兼ねて、美味しいスイーツのお店でも行きましょうか」
「スイーツ?甘いもの?」
「そうですよ リズさんは、ケーキは好きですか?」
ムガルに尋ねられ、正直に答えて良いのか、私の表情を伺う。
「リズちゃん 答えてあげて良いんだよ」
「えっとね アタシ、ケーキ好きよ でも、アタシだけが食べるのは、ちょっと」
「リズさんは、優しいですね わかりました 施設のみなさんのお土産も買って帰りましょう」
ムガルに連れて行かれた先は、マローでも知る人ぞ知る、数多くのケーキが並ぶスイーツの人気店だった。
「普通にスイーツのお店に来たんだ」
「おや、馬車の中でもそう伝えたでは、ありませんか」
ムガルが先に馬車から降りて、私たちをエスコートする。リズは、素直にムガルの手を取って馬車から降りたが、私は首を左右に振ってエスコートを断わる。肩をすくめるムガルを無視して、馬車から降りた。
最初の宣言通り、ムガルは、必要以上にリズに対して距離を詰めようとするのではなく、自己紹介くらいの話をするつもりのようだった。
ケーキの並ぶショーケースをリズに見せながら、子どもたちのお土産を選ばせたり、リズの好きな食べ物や孤児院でどのようにみんなと遊んでいるのかとか、当たり障りのない会話をしていた。
「お姉ちゃん、ベリゴのショートケーキ美味しいね」
「リズさんは、お歌もお好きでしたね 明日は、観劇でもしましょうか?」
「観劇?」
「舞台の上で、お芝居やお歌を唄っているのを客席から観て楽しむことだよ」
「お芝居? うん、アタシ観たい」
「では、決まりですね 明日は、劇場に参りましょう」
そして、何事もなく日が暮れる前に、私たちは孤児院へ送り届けられた。




