57 リズと魔法使いと私
リズの大きく見開かれた黒めがちの瞳と目があった。瞳の中に、私がしっかりと写っている。彼女が不安にならないように、とびっきりの笑顔を見せる。
「お……お姉ちゃん 私、怖くない…の?」
潤んでいる瞳が、不安そうに私を見つめる。怖いわけないじゃないか!だって、リズは、幼かったあの頃の私と同じだから。
少しずつ渦巻いた風が弱まっていく。
「全然 全く怖くない!」
「ほ、本当に?」
「うんうん、怖くないよ」
ぎゅっと、抱きしめる両腕の力をさらに込める。リズの心に私がもっと近づけるように、願いを込めて。届け、届け、届け。ふにゃりとリズの表情が緩み、ゆっくりと彼女の両目の瞼がゆっくりと閉じられた。そして、小さな嵐のような風が止んだ。
「おや、安心したのか、眠っちまったようだね」
「彼女が起きるまで、私側にいても良いかな?」
「構わないよ」
マザーは、すうすうと寝息を立てるリズをベッドに横たわらせ、布団を掛けてやる。涙で張り付いた髪の毛をそっと手櫛で整えてあげる姿に、愛情を感じる。私は、閉め切ったカーテンを開き、窓を開け放つ。柔らかい日差しとともに、心地よい風が室内に入ってくる。
「じゃあ、リズを頼んだよ」
マザーが、アリオスと共に部屋を出ていった。私は、ベッドサイドに椅子を引き寄せ、眠るリズの側に座った。
「……ちゃん、お姉ちゃん」
顔やら肩やら小さな手のひらがペチペチと触ってくる。可愛らしい幼い声をかけられてって、徐々に覚醒していく頭を回転させながら、私は身体を起こした。
「お姉ちゃん 起きた」
「えへへ おはよう リズちゃん」
側に付いていると言っておきながら、リズの眠る姿を見て、私も一緒に眠ってしまったらしい。そして、先に目を覚ましたリズに起こされた。私、カッコ悪い。
「気分はどうかな?」
「あれ? いつもより気持ち悪くないかも?」
リズが眠っている間、私はずっとリズの手を握っていた。魔力暴走は、身体の許容範囲を超えた魔力が、本人の意思に関係なく押し出されてしまう現象だ。暴風雨のような嵐を巻き起こすくらい魔力を溜め込んでいたリズは、どうしようもないくらい、身体の節々が熱く、重く、痛かっただろう。少しでも症状が軽減できればと、魔力を吸収するドレインの魔法を施していた。
「リズちゃんはね、身体の中の魔力がいっぱい、いっぱいになってたんだよ」
「魔力?」
「本当なら、もう少し身体が大きくなってから 魔術が使えるようになるんだけどね リズちゃんは、他の子どもよりも早かっただけ」
5歳の女の子に魔力や魔術なんて説明してもわかるわけない。ただ、ただ、毎日身体の中に蠢く魔力に汚染されていく感じが、自分が自分でなくなる気がして怖かったと思う。
「私もリズちゃんと同じだったから」
「魔力なくなる? もうマザーたちを傷つけない?」
不安そうに私の手を握るリズに、私は頭を左右に振って、魔力がこれからも増え続けると伝えた。ポロポロと大粒の涙を流しながら、「魔力なんて欲しくない」とリズが言う。私は、ベッドサイドから立ち上がり、窓際まで歩くとリズに声をかけた。
「リズちゃん」
俯いた顔が、私の声を追って振り向いた。窓からは柔らかい日差しが差し込んでいる。
「この窓から見える木ってなんだか知ってる?」
ふるふると首を左右に振り、首を傾げる。
「この木はね、春になると可愛らしいピンク色の小さなお花が、いっぱいに咲くんだよ」
「小さいお花?」
「ちょっと見ててね」
私は、窓のそばにある木の枝にそっと触れる。魔力回路を木の枝に繋げ、リズから吸収した魔力を枝に受け渡していく。
「グロウ」
植物の成長を促す呪文を唱えると、リズの魔力をしっかりと受け取った枝から小さな蕾が芽吹いてくる。一つ、また一つ、小さな小さな蕾が、ぽつん、ぽつんと飛び出してきた。
「お姉ちゃん!お花、お花」
「もっと、もっとお花が出てくるよ」
両手をパチパチと鳴らしながら、リズが窓の外の枝を見ようと身体を乗り出してきた。私は、リズから預かった魔力を惜しみなく木の枝へどんどん流していく。蕾が柔らかく綻び始め、枝いっぱいにピンクの可愛らしい花が咲き誇る。
「魔力はね、人を傷つけるだけじゃないんだよ こうやって綺麗なお花を咲かせることだってできるの」
「お姉ちゃん、魔法使いみたい」
「あはは 私、魔法使いだもん だけどこの魔法は、リズちゃんの魔力なんだよ」
魔法使いだって。魔術師だから、あながち間違いじゃないわけで、リズが望むなら魔法使いだっていいじゃない。
「もっともっと!」
「よーし、リズちゃん どんどん咲かせちゃうよ」
リズからのリクエストに応えて、私は思いっきり魔力を流していく。枝から枝へ、木から木へ、リズと私の魔力を乗せて、辺り一面に小さなピンク色の可愛らしいお花が咲き乱れた。春の先触れと言っても間違いない。
「お花が咲いた お花が咲いた」
リズが嬉しそうに歌い出す。その歌声にも魔力が乗って、木々たちが歌声に乗せて枝をふりふり踊り出した。
「アル! リズ!! 大丈夫か!!」
バンといきなり音を立てて扉が空いた。私とリズの身体がビクンと跳ね上がる。恐る恐る振り返ると、鬼の形相をしたアリオスが、私とリズを睨みつける。
「アル!お前わああああああ」
「ご、ごめんなさい ちょっと、調子に乗り過ぎました」
アリオスにギャンギャンと怒られている私を見て、リズがお腹を抱えてベッドの上で笑い転げていた。
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