54 石碑と詩とマザー
大きな石碑の前で、静かに前を向いてアリオスが立っている。花屋で買った大きな黄色い花が咲いた花束を静かに石碑に供え、一歩下がる。ゆっくりと頭を下げて、アリオスは黙祷を捧げる。
目の前で静かに黙祷を捧げるアリオスの後ろから、石碑に何が書かれているのかとそっと覗き込み、その文字を詠んだ。
我ら記憶の炎、ゆらゆらと
過去をも照らすともしびに
剣となり、盾となった友たちよ
炎はまた巡り魂を誘う
光と闇の狭間より
魂の旅路は、深く永く
忘却の川から戻りし時、
蒼き月あかりの中
我ら皆此処に在り
これ、鎮魂歌だ。友とは、冒険者のことだろうか? 私もアリオスに倣い、頭を下げ、静かに黙祷をする。この石碑が、いつ、誰の魂の眠りを歌ったものかはわからないけど、幾人もの亡くなった人たちが、此処に戻って還ることを誓う場所なのだと思った。
「ここは、マローの冒険者たちが、最期に還ってくる場所なんだ」
「マローの冒険者たち?」
「ああ、マローの冒険者たちの墓地 俺もいずれここに還る」
冒険者は、いつだって死と隣り合わせの危険な職業だ。この前だって、下手したら私も死んでいたかもしれない。アリオスもいずれ死ぬ………。アリオスが、死ぬ? 初めて考えた身近な人間の死にその答えを完全否定する私がいる。
「師匠……死ぬの?」
「ああ、いず……れって、おい! 嬢ちゃん、おまえ……今じゃないから」
ぼろぼろと涙を流す私をみて、大きな手のひらが乱暴だが優しい手つきで私の頭をガシガシと撫でる。
「勝手に俺を殺すな まだまだ死なねえよ」
「そうだね 私が師匠を死なせない」
「生意気な そのセリフは、俺を越してから言え」
ガハハと大きな声で笑うアリオス。今は、考えたくないが、アリオスはここに還ると言った。
「それで、嬢ちゃんはどうするんだ?」
「ん……私もここに還る」
私は、マローの冒険者として生きていきたい。私の大切なものを全ては、マローにある。だからこそ、私もここにいずれ還るんだ。大きな石碑に刻まれた詩をしっかりと心に刻みつけた。
アリオスとのお墓参りを終え、残ったのは大量に購入したお菓子だ。アリオス自身もお菓子を食べることがあるし、私はもちろん、スイーツ好きだ。元気が出れば、お腹も空くけど、大量のお菓子は、私のおやつじゃないらしい。
「もう少し歩くぞ」
「うん」
大量のお菓子の入った袋を持ったアリオスについて歩いていく。石碑の場所から、少し奥まった場所に、木造の少し古めかしい建物が見えてきた。聞こえてくるのは、子供たちの笑い声。
「あー!アリオスさんだ」
「女の子連れてる だれ?だれ?」
「おう、チビども 元気にしてたか?」
アリオスに気がついた子供たちが、バラバラと近づいてくる。アリオスの持っているお菓子の袋にチラチラと視線を向け、気になっているのが丸わかりで可愛らしい。
「お菓子は、子どもたちへのお土産だったんだね」
「まあな チビどもに渡すと、ここで食べ始めるから、マザーに渡す」
「マザー?」
「ここの管理者 通称マザー チビどもの母親みたいな存在だ」
アリオスは、勝手がわかっているのか、建物の入り口の扉を開けて、中に入っていく。外だけでなく、建物の中にもたくさんの子どもたちが、バタバタ走り回っていた。一人、また一人、アリオスに気がつき、足を止めると「アリオスさんだ!」とわらわらと近づいてきた。
「師匠が、子どもに懐かれている」
「アリオスさんは、いつもお菓子を持ってきてくれるんだよ」
「アリオスさんが来ると お菓子を貰えるんだよ」
「師匠…餌付け?」
「んなわけあるか!」
早くお菓子が欲しくて待ちきれないのか、子どもたちの内の一人が、アリオスの空いている手を握りしめ、引っ張り出した。
「マザーは、こっち はやく、はやく」
「お姉ちゃんもはやく!」
アリオスだけでなく、私の両手も子どもたちに掴まれる。奥へ奥へと引っ張られ、連れて来られた部屋の前、子どもたちへのが元気に扉をドンドンドンとノックをした。
「マザー! アリオス来たあ」
返事がされる前に、子どもたちの一人が、扉を開ける。どうやら、この部屋は執務室のようで、年季の入った書類棚や執務机が置かれている。迫力のある恰幅の良い女性が一人、書類棚の傍に立っていた。
「なんだい 騒がしいね おや、アリオスかい?」
少ししゃがれた声は、長年大きな声を張り上げて来たからだろうか?アリオスすらも叱り飛ばしそうな雰囲気がある。
「マザー 連れてきた アルだ」
何、その雑な紹介。連れてきたって、私のこと?アリオスに背中を押され、一歩前へ出る。よくわからないけど、自己紹介をしろっていうことだろう。
「はじめまして アルです えっと、アリオス師匠の弟子をやってます?」
「なんで疑問系なんだよ」
がっくりと肩を落とすアリオスに、いきなり自己紹介をさせられる身にもなってみろと睨んでみる。マザーと呼ばれる迫力満点の女性は、持っていた本をパタンと音を立てて閉じた。
「ハハハ よくきたね 私は、カリーナ みんなと同じようにマザーとでも呼んでくれたらいいよ」
私の前にマザーが手を出した。どうもと握手を交わす。その手は、皮が厚くゴツゴツとした豆だらけの鍛えられている剣士の手のひらだった。
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