3 ちゃんって何
「あらまぁ…見違えたじゃないの どうだい?ゆっくり休めたかい?」
ギルドが紹介してくれた宿の女将は、私の姿を見るなり大きく目を開いた。昨日チェックインした私の姿を知る女将からすれば、驚いてしまうのも当然だ。ボサボサに伸び切った髪は、サッパリと短くショートボブに切り揃えられ、燻んだ髪もパサついた肌も見る影を潜め、綺麗に洗濯された真っ白なローブを身に纏った少女が現れた訳だから。
「おかげさまでゆっくり眠る事が出来ました ありがとうございます」
「今日も泊まるかい?なんなら連泊でも構わないよ?」
おっと昨日とは打って変わって愛想が良いじゃないか。流石にあんな身形であれば、仕方ないとは思うけど、見た目ひとつでここまで代わるものなのか?住む場所が決まるまで部屋を借りるのも有りかもしれない。ご厚意に甘えるとして、一週間ほど宿泊を延長する事にした。210ダリルを渡す。取り敢えず一週間は、屋根のある場所で眠ることができる。
ぎゅるるるるる
安心した途端盛大に鳴り響いた腹の虫。お金を勘定していた女将が、ブホッと盛大に噴き出した。
「ワハハハ ちびっこいのに豪快だねぇ ほらコレ持っていきな」
「コレは?」
「ウチの旦那特製の弁当さ 一週間連泊してくれるんだ 一つおまけでやるよ 5ダリルで売ってるから気に入ったらまたどうぞ」
女将は、気前良く大きな包みを手渡してくれた。出来たてらしく少し暖かい。ペコペコとお辞儀をしながら宿を出た。お弁当を持ったまま人の流れに乗って歩いて行く。改めて街並みを見渡せば、最果ての街であるが、活気に溢れていた。そのまま流れに身を任せ、中央に噴水が設置されている大きな広場に流れ着いた。空いているベンチに腰掛け貰った弁当を広げた。冒険者向けの弁当なんだろうか、肉、肉、肉、そして肉といったボリューム満点なおかずに箸を突き立てた。大きく口を開いてガブリと肉に噛みついた。塩胡椒が効いた硬めの肉。モグモグ咀嚼をするとポロリと涙が頬を伝う。噛めば噛む程、身体の奥がじんじんとして、ポロポロ涙が溢れ出た。ズビビッと鼻を啜りながら、一口、そしてまた一口と大きな肉の塊を放り込む。
「めっちゃうまい!めっちゃうまい!」
宿に帰ったら、お弁当を作ってくれた旦那さんに今まで食べたどんな食事よりも美味しかったと伝えようと心に固く誓った。
「えっと…アルさん?で合ってる…かしら?」
昨日、冒険者登録をしてくれた受付嬢に、タグプレートを差し出すと登録された情報を見て、大きく目を開いて私の顔をじっと見つめる。何だろう、この既視感。
「はい、間違いありませんよ?」
「………化けたわね」
「何でしょう?」
「あらイヤだわ オホホホホ 昨日と随分見違えちゃったから驚いただけよ こんにちわ 新人講習会に参加希望だったかしら?私は、ジェシカ よろしくね 案内するわ 着いてきて」
「よろしく……お願いします?」
すくっと立ち上がったニコニコ顔のジェシカが、胸に拳を当てぎゅっと悶えるような仕草を見せる。ほうっと一息つくと「サンドラビットみたい」だと徐に頭を何度か撫でられた。サンドラビットは、砂漠に生息する小さなとても弱い魔物。ということは、私は新人冒険者にちゃんと見えるってことじゃないか?
「あの… ありがとう…ございます?」
「やだぁ このこ可愛い」
ジェシカにぎゅっと抱きしめられた。この場合、私はどう対応するのが正解なのだろう。両手が空を泳ぎ続け、思考が纏まらない。困ってはいるが、イヤな気分とは違う。ジェシカの腕が緩んだと同時に、ピリッとした空気を感じとり思わす後ろに飛び退いた。
「ほおう………で、ジェシカ何いちゃついてんだ?」
ぽこんと手に持った資料でシェシカの頭を軽く小突いたのは、筋骨隆々としたとても背の高い男性だった。
「ギルマスじゃないの アルちゃんを教室に案内していたところよ」
ちゃん?初めて呼ばれる敬称だ。どういう意味か後で調べる必要がある。
「おい アルちゃん 教室はそこだ」
太い指先で刺された扉に講習会場と貼り紙が貼ってある。なぜ、ギルマスまでちゃん呼び?「また後で」とヒラヒラ手を振るジェシカにお礼を言って踵を返し、教室へと向かった。
「あれか?昨日言ってた新人は」
「そうよ 見違えるほど可愛くなっちゃって」
「ありゃ相当だぞ」
ギルマスと呼ばれた男は、太い指で顎を摩る。
「あー 昨日の様子でも熟練者かなって思ったんだけど、やっぱり?でも、アルちゃんは、真っ白よ」
ニヤリと笑みを浮かべるジェシカに「マジか?」とギルマスは、目を見開いた。
「そりゃ守ってやらんとな」
ギルマスの言葉にうんうんと頷くジェシカだった。
教室に入ると既に数人の冒険者らしき人物が、それぞれ思い思いの席に座っていた。余り目立ちたくはないので、一番後ろの窓際の席を選んだ。皆、私と同年代か少し年上だろうか?既にグループなのか2、3人ずつ固まって座っている。
暫くすると、ギルマスと呼ばれた男が入ってきて、教壇の前に立った。
「国営ギルド マロー支部へようこそ 俺は、この支部でギルドマスターをしているエルビスだ」
後ろまでよく通る大きな声だ。あちこちから感嘆した声が漏れている事から、彼は現役時代、名のある冒険者だったに違いない。同じギルマスでも
ゴーツクンとは、正反対だ。
一人、一人顔と名前を確認しながら、【冒険者のススメ】と表紙に書かれた冊子渡していく。
「よぉ、アルちゃん」
どうやら、私は「アルちゃん」で定着されたらしい。
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