22 事件と親子と私
毛むくじゃらの走る行き先に迷いはない。地を蹴り、壁を蹴り、綺麗に方向転換しながら、僅かに聞こえた悲鳴の方角目指して走っていく。徐々に人影が少なくなり、全く人気の無くなった路地裏で再び悲鳴が聞こえた。
「や、やめて!!!!だ、だれか」
「諦めな こんな路地裏に誰も来ねえよ」
既に暴漢に襲われたのだろう、悲鳴を上げる少女の傍らに男性が疼くまるように倒れている。それを取り囲むように数人の男たちがニヤニヤと少女を見下ろしている。男の一人が少女の胸ぐらを掴み、大きく掌を打ち下ろそうとする間際、アリオスが背中に隠し持っていたナイフを投げる。ナイフは、まさに振りかぶろうとしていた掌を正確に貫いた。
「ガル!」
『ばふッ』
アリオスの呼びかけに短く吠えた毛むくじゃらが、少女の胸ぐらを掴んでいた男の左腕に容赦なく飛びついた。
「ぐわっ!」
「キャアッ」
毛むくじゃらが飛びかかった勢いで、少女が振り払われ、吹き飛ばされる。
「アーくん!」
『ホーッ』
頭上から急降下してきたアーくんは、壁と少女の間に入り込み大きく翼を広げ、包み込むように守ってくれた。私が、少女を背に庇うようにして蹲って倒れている男性を急いで壁側に引き寄せる。後はアリオスが、少女を襲っていた男たちを次々にのしていった。
男たちについては、アリオスに任せ、私は苦しそうに呻く男性に癒しの魔術を施していく。腹や顔を殴られたのだろう顔や手足に打撲や擦り傷ができている。「お父さん、お父さん」と少女が必死に呼びかけ続けていた。きっと娘を守るために、男性は抗い続けたのだろう。
癒しの魔術により、男性の呼吸が徐々に穏やかになっていく様子を見て、少女もようやく自分たちが助かったのだと理解したらしく、私の顔を見て大粒の涙をぼろぼろ流し始めた。
「こ、怖かった……」
「うん、怖かったね もう、お父さんも大丈夫だよ」
ついに緊張の糸が切れてしまったのだろう、少女はわんわんと声を上げて泣き出す。アリオスが、男たちを縛り上げる中、私は少女を抱きしめて、落ち着くまで背中を撫でていた。
翌日、私はジェシカと共に、親子が宿泊している宿『黒猫亭』へ向かった。暴漢を働いた男たちは、アリオスが全員縛り上げ憲兵に突き出している。今日は、お見舞いも兼ねて、被害者に状況確認をするために親子に会いに来た。
「襲われた被害者は、精神的な負担が半端ないの だから事情を伺うのには、物腰柔らかな女性が向いているの でもね、会った事もない私だけより、アルちゃんが居てくれた方が彼女もきっと安心すると思うのよ」
私自身、助けた親子のことが気になっていた。確かに、見ず知らずのジェシカだけが尋ねるよりも、私がいるだけでも安心してもらえるかもしてない。ジェシカの頼みを引き受け一緒に親子を訪ねることにした。
「私たち親子、いえ娘を助けていただき本当にありがとうございました」
身体の傷は、魔術で癒したとはいえ、精神的な疲労が顔に出ている。少女もまだ少し不安そうに父親の側に寄り添っている。ジェシカが心配していた通り、私が顔を見せると少し緊張が解れたのか、少しばかり笑顔になった。
「私の名は、ラルバ 娘は、カナリアと申します」
私たちは、改めて名乗り、自己紹介をする。二人は、マローの北東にあるエルガ村から収穫祭の下見のために来たそうだ。
「エルガ村はリップールとベリゴが特産品でして、収穫祭では、それらを使ったスイーツの屋台を出店する予定なんです」
「まあ、それは楽しみね リップールのパイやベリゴのショートケーキとか、アルちゃんも大好きだものね」
ジェシカに同意を求められ、こくりと頷く。休みの日には、スイーツを求めて甘味処巡りをしている。究極のパンケーキを求めて、ハニービーのハチミツ採取の依頼を受けたりしたぐらいだ。アリオスにパンケーキを作ってもらったことを話したら、カナリアは、大きな瞳をぱちぱちさせて、驚いた表情を見せた。
「師匠は、パンケーキの師匠なのです」
「あははっ パンケーキから始まった師弟関係だったんですか?」
そうとも!卵が上手に割れない私を見かねて、とっても美味しいパンケーキを作ってくれたのだ。
笑顔になったカナリアを見て、ラルバとジェシカの表情が柔らかくなった。遠回りした会話だったけど、とても大事な寄り道なのだと思った。以前の私であれば、相手の表情を伺うなんて考えもしなかった。今頃、アリオスはきっとクシャミをいっぱいしているのだろう。
ジェシカは、決して先を急がせる訳ではなく、先ずは二人の心が少しでも軽くなるようにと気を配っていることがよくわかる。宿を訪れた時に感じた二人の不安が、徐々に薄れていく様に、私までもここに来た目的を忘れてしまいそうになる程だった。私とカナリアの距離がすっかり縮まった様子を見て、初めてジェシカは、捕まえた男たちについて触れた。
「昨日捕まえた男たちは、レッドハンターだったことが解りました」
「レッドハンター……お尋ね者だったということですか?」
レッドハンターとは、何らかの犯罪を犯し、賞金首となった元冒険者だった者たちのことだ。アリオスに捕らえられ、憲兵に突き出されたことで、レッドハンターだったことが分かったのだろう。
「私と娘は、収穫祭の視察をするために、エルガ村から乗り合い馬車を利用して、マローにやって来ました あの男たちとは、その馬車で知り合ったのです」
ラルバは、男たちについて話し始めた。
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