2 アルデリア
「ハァン なんてピカピカで美しいんでしょう」
元Sランク冒険者アルデリアことアルは、真新しく発行されたタグプレートをうっとりと眺める。
「ステータスオープン」
目の前に表情されるウインドウ。
登録者:アル
冒険者ランク:E
レベル:1
受注依頼:0
依頼成功:0
依頼失敗:0
褒章:無し
ペナルティ:無し
報酬:0ダリル
真っ新になった自分の経歴が、嬉しくて堪らない。冒険者登録を終えた後、受付のギルド職員に安宿を紹介してもらい30ダリル払って部屋を取った。少し埃っぽい部屋であったが、小ぢんまりとしたベッドとサイドテーブルと椅子があるだけだが、陽当たりも悪くない。しばらく野宿を繰り返していたアルにとっては、十分過ぎるほどの設備だった。
「これでアルデリアは、どこにもいなくなった」
民営ギルド【白銀の翼】に所属していたアルデリア。民営ギルドだから依頼を選ぶ事ができなかった。ギルマスから言われるままに依頼をこなす日々。どんどん積み上げられる依頼、気がつけば所属冒険者がやらかした失敗の後始末や尻拭い。最初は、感謝の言葉もあったが、いつしかそれは当たり前になり、「早く手伝ってよ」と催促される始末。
「孤児だったお前をここまで育ててやったんだ 感謝するんだな」
親は何処の誰かも解らない。物心ついた頃から粗末な孤児院で暮らしていた。法律で人身売買は禁止されているが、親のいない孤児だけは別だった。後ろ盾が何もない孤児は、孤児院では商品として扱われる事がある。ある種の才能が発現した孤児は、利用価値有りとして、高値で売れるのだ。私の育った孤児院も例外ではなかった。
ある日私は高熱で倒れた。高熱の原因は、魔力暴走。第一次成長期に幼児が稀に罹る病気の一つだ。溢れ出る魔力のオーラに歪んだ悦びの笑みを見せた院長の表情が忘れられない。まだ熱も下がらず床に臥せっているにも関わらず、会ったことも無い大人たちがお見舞いという名の品定めにやってくる。
「女じゃないか」
「鶏ガラみたいに痩せている」
「知識の欠片も感じない」
ガッカリと肩を落として首を横に振る大人たち。少しでも高値で売りたい院長は、諦めることなく何人もの大人を連れて来ては、病に臥せる私の目の前で商談を続けた。そして、【白銀の翼】のギルドマスターであるゴーツクンが最終的に私を買った。
従属の印である所有紋を背中に刻まれ、ゴーツクンが望むままに冒険者としてダンジョンに潜る。劣悪な環境は、私を強くするには十分だった。持ち帰った戦利品は、全てゴーツクンに没収され、僅かばかりの給金で食い繋ぐ。【白銀の翼】が民営ギルドとして認可が降りると、箔付するために難易度の高い依頼を受注するようになった。生き残るために必死で依頼をこなしていくうちに魔力操作のレベルが限界突破し、頭の中で様々な術式が組み上がっていく事を唐突に理解した。
「ディスペル」
自然と口にした解呪の呪文。身体中が熱くなり、背中に刻まれた従属の印が消えていく。頭に常に靄が掛かった状態から意識がスッキリと覚醒していく。私は誰のために生きている?余りにも空っぽだった私に気がついた。
【白銀の翼】に戻った私は、ギルマスであるゴーツクンに跪き依頼達成の報告をする。
「相変わらず屑だな 情けでSランクにしてやったことを忘れるな」
あぁ、こうして私は自尊心をへし折られ続けていたんだ。爪先で顎を上げさせられるとぶくぶくと太り禿げ散らかした頭で私を見下し下品な笑顔を浮かべるゴーツクンが見えた。残り少ない髪の毛を毟り抜いてやりたい衝動を抑え、視線を下げる。
いつものようにゴーツクンの足に両手を添えるとムワッとした臭いが鼻先を掠った。よくもまぁこんな臭い足に唇を這わせていたものだ。思い出すだけで身の毛がよだつ。周りに下僕であることを見せ占めるために口付けを強要されていた訳だが、もう二度とごめん被る。
右手をゴーツクンの足首に固定して、エイッと左手で膝を押し込んだ。ぐるりと身体が反転したゴーツクンは、「ブヒッ」と短い悲鳴を上げて尻餅をついた。胸元にぶら下げたタグプレートを引きちぎり、大きく目を開いたゴーツクンに叩きつけた。
「私、アルデリアは、本日をもって冒険者を引退しますわ」
すくっと立ち上がり、呆然と様子を伺う冒険者達に微笑んでみせた。ワナワナと分厚い唇を震わせるゴーツクンに冷ややかな視線を送り、声も掛けずにくるりと踵を返す。そのまま振り返りもせず、【白銀の翼】を飛び出した。背後で耳障りな怒鳴り声が聞こえたが、関係ありゃしない。私は、私のためにこれから生きるんだ。栄光?そんな物は、私には有りはしない。恩返し?十分過ぎるほど搾り取ったでしょう。アルデリアとしての過去は、もう必要ありません。振り返れば振り返るほど無様に情けない過去だもの。
アイテムボックスから姿見を取り出し壁際によいしょと立て掛けた。一歩下がって映し出された全身を見つめる。
「うわぁ くたびれまくってんなぁ 女子力ゼロ〜」
延ばし放題のプラチナブロンドの髪の毛は、繰り返された野宿の影響か燻んで土埃塗れだ。何日も着替えていなかった為身体中が臭い。目の下に出来た隈が、まだ18歳だというのに初々しさの欠片も感じさせず、生活臭が滲み出ている。
「ウォーターボール展開」
空中に大きな水の塊を幾つも展開し、来ていた服を全て脱ぎ捨て、水の塊にボチャンと押し込んだ。指先でくるくるっと水流を作れば、瞬く間に泥水になっていく。窓を開け放つと汚れた水を森に吹き飛ばし、さらにウォーターボールで濯いでいった。服の洗濯ついでに大きく息を吸い込んで息を止めた私もバシャンとウォーターボールに飛び込んだ。時々息継ぎのために顔を出しては、髪の毛一本一本綺麗になるまで自分自身も洗濯していった。
Sランク冒険者としての経歴は、全て捨て去った。されど元Sランク故の技術と経験はここに残っている。真っ白な下着に身を包み、ピカピカに光る真新しいタグプレートを首から下げ、くるりと回りながら姿見に写した自分の姿を満面の笑みで見つめる。自家製ポーションをグビッと喉を鳴らしながら飲んでいく。ほんのりと温かな緑の光が全身を包み込んでいく。目の下に出来た隈もパサついた唇や髪の毛も水々しく癒されていく。
「こんにちわ 新しい私」
姿見に写っている18歳のアルデリア基新人冒険者のアルは、大きく手を広げて、満面の笑みを浮かべ仰向けに倒れ、少し固めのベッドのマットに身を沈めた。
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