18 従魔と名付けと私
『プロミス・ド・ノアール』紡がれた言葉を耳にした時点で、気がつくべきだった。黒から白へ誓約を課すためにかつて利用されていた失われた古代魔法の一つ。魔力操作が限界突破した時に全ての術式を理解していたはずなのに、思わず重ねて復唱してしまった。
「さあ、我が姫 何なりと我が身をお使いください 手始めにその野蛮な男を亡き者に致しましょうか?」
「ああん ちょっと待てや テメエ如きに殺られる玉じゃねえぞ」
「師匠、抑えてください えっと、アナタも挑発はやめて」
「畏まりました 我が姫」
私が諌めると男は素直に矛を収めるが、納得できないのはアリオスだ。やらかしてしまった事は解っている。
「えっと、アナタ、絵画の中にいた悪魔だよね」
「流石は我が姫、ご明察でございます 悪魔というよりもアークデーモンになります」
「アークデーモンだと?悪魔系の上位種の一角じゃねえか」
古代魔術をさらりと苦もなく使ってくるから、悪魔かとは思ったが、アークデーモンだったとは納得だ。
「我が姫は、私如きが差し向けた数百もの悪霊をいとも簡単に浄化ではなく昇華なさいました あの者たちは地獄の亡者 消されることでしか滅することができません それが、あの者達の終焉のはずでした」
師匠が、耳元で喘ぎながら昇天していったおじさんレイスを思い出したのか、眉間に皺を寄せている。
「ヘエ、ソウナンダー」
どう発言しても怒られる未来しか見えない私は、片言で相槌を打つ。私の気持ちに全く気づいてくれないアークデーモンは、「おぉ、我が姫」とキラキラと赤い瞳を輝かせている。
「浄化しても再び地獄へ誘われる筈だったのに、あの者達は昇華され天国へと召されたのです」
両手を組み、祈りを捧げるように恍惚とした表情でアークデーモンは、綺麗な二筋の涙を流した。
「これほど美しき魔術構築を、永久の世に生きていながら、未だかつて見たことは、ございませんでした」
流石のアリオスも涙するアークデーモンを見て、頬を引き攣らせドン引きだ。
「我が身は、堕天した身 されどこの身を我が姫に捧ぐことで昇華することが出来ると確信を持ったのです」
です、です、です、です
ポーズを決めて瞳を閉じたアークデーモン。語尾が、エコーがかかっているように聞こえた。アリオスの勢いが削がれているうちに、私は爆弾を落とす。
「師匠、このアークデーモンが従魔になっちゃいました」
「従魔……だと?」
「つい、うっかりとアークデーモンと契約しちゃった アハハ……」
努めて明るく、明るーくお伝えしてみたが、ギギギとブリキの玩具みたいにアリオスの顔が、私に向いた。目だけは笑っているように見えるが、口元はヒクヒクして、とてもとても冷ややかな微笑みだ。
「あぁ、この身が朽ちようとも我が姫に永遠の誓いを立てることができ、超絶歓喜でございます」
「うっかりだと?却下だ却下 今すぐ取り消せ」
「うぅぅぅ 無理なんですぅ 私の魂にアークデーモンの真名を刻んでしまったんで」
「我が姫の古代魔法の術式 誠に見事でございました」
黒(アークデーモン)から白(私)へ全てを捧ぐそれが『プロミス・ド・ノアール』。白たる者が、黒の真名を受け入れる事で成立する。しっかりと耳元で囁き、私しか聞こえないようにして、真名を捧げてきたアークデーモン。確信犯だろうね、きっと。
「大馬鹿者!」
「いひゃい!いひゃい!いひゃい!」
思いっきり私の頬をぎゅうっと摘みながらぐいぐいと引っ張られた。途端にチリチリと殺気に満ち溢れた禍々しいオーラが辺りを包み込んだ。
「やはり、その野蛮な男を亡き者に致しましょう」
「ダメダメ、ダメだからね アーくん!」
「アーくん!?」
「……アー…くん」
目をぱちくりさせるアリオスと肩をガクリとおとしたアークデーモン。いつまでも、アークデーモン呼びもどうかと思ったので、『アーくん』と名付けをしてみたが、当の本人は気に入らなかったみたいだ。
「嬢ちゃん 壊滅的な名付けのセンスだな」
「いえ、そうですとも!我が姫から授けて頂いたのです 至福の極み まるで恋人たちが囁き合うかの如く甘い調べ」
「よかったなぁ アーくんよお」
「ングッ き、貴様には呼ばれたくはない!」
うんうん、名前を呼び合える関係になれば、距離も縮まって仲良くなれるよね。かなり面倒いタイプのアークデーモンなのが、残念だけどね。
「あぁ、あ アホくさ 嬢ちゃん、帰るぞ」
「し、師匠?」
「アーくんが全ての元凶なんだろ 嬢ちゃんが住む限り不幸なんてコイツが許すわけない 終わりだ終わり」
アリオスが『アーくん』と発言する度に青筋が一つ増えていく。喧嘩する程仲が良いとは、きっとこう言う事なんだろう。
アリオスが踵を返し階段を登り始める。毛むくじゃらもピタリとアリオスの後ろをついて行く。何も言わずとも信頼関係が目に見えるご主人様とその従魔。私とアーくんもこうなるのかな?
「我が姫よ 参りましょう」
当たり前のようにお姫様の如く抱き抱えられ、私たちもアリオスの後に続く。そして、玄関で振り返ったアリオスが、私たちを見て、瞬時に魔王の如く恐ろしい表情に変わった。
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