17 悪魔と誓約と私
じんじんと痛む頬をを摩りながら、レイスが全て昇天していったエントランスを見渡す。今しがた襲ってきたのはレイスのみだった。絵画の中にいた男は、レイスではなく、実体が伴っていた。だからこそアリオスの刀で攻撃することが出来たわけで。
「本命からのご招待みたいだぞ」
アリオスが、顎先でしゃくるようにエントランスの奥を指す。一番奥の扉の両隣りに青白い炎が灯る。
私たちの視線が、扉に固定されるのを待っていたのか、また一つずつ、ボッ、ボッと私たちを迎え入れようとする道が、青白い炎でかたどられていった。
「無視するか?」
「まさか」
胸の前で腕を交差し、右手で顎を摩りながらアリオスが尋ねて来た。せっかくご招待頂けたのに無視するなんてもったいない。だって、もう一度最初から探すのなんて、大変じゃないですか。
「俺の見立てでは、悪魔系だろうな」
「物理攻撃が通ったからですか?」
「ああ、それもあるが リッチなどの死霊系であれば、ただ直接的に生命を貪る アレは絵画に紛れ俺らの恐怖心を煽ろうとした 悪魔系は小賢しいことが好きなんだよ」
『白銀の翼』時代の黒歴史。何度もアンデット系の巣窟と呼ばれるダンジョンや墓場に放り込まれたことを思い出す。奈落と呼ばれるダンジョンのボス部屋で、対峙したのがリッチと呼ばれる死霊系の最上位に君臨する魔物だった。何度も何度も即死魔法をレジストして、聖属性魔法を少しずつ重ねがけして、倒したんだった。
「ソロで討伐する相手じゃないだろう」
「そう言われてもあの時は、仲間もいませんし、単なる使い捨てでしかない奴隷でしたから」
アリオスには、『白銀の翼』での過去について全て打ち明けている。ポンポンと優しく頭を撫でられる。同情ではなく、よく生き残ったという思いが伝わり、ちょっぴり嬉しい気持ちになる。
「そのお陰で、魔力操作が限界突破できたんで」
ニッコリと口角を上げ微笑み返した。
「行くか」
私は、両手を扉に押しあてる。ギーッと軋む音を響かせて扉を開けた。
「この先は、地下だな」
「見取り図では、確か工房だった…ですよね」
不動産屋で見た見取り図では、地上2階、地下1階。地下にはワンフロアの工房が完備されていたと記憶している。
カツカツ、コツコツと私たち二人の階段を降りる足音が、響き渡る。別に隠密行動を取っているわけでも、隠れている必要もないので消音はしない。青白い炎の道標に従って、歩を進めた。
「アイツだ」
私たちを出迎える如く、フロアの中央にただ一人片膝を床に付き、胸に手のひらを当て、頭を垂らし従者の礼をとって傅いている。
私たちがフロアに降り立つと、男はゆっくりと顔を上げて愛しそうな笑みを浮かべ口を開いた。
「お待ちしておりました 我が姫」
夜空を思わせる限りなく黒に近い藍色の髪、綺麗に整えられた襟足。私たちを見つめる真っ赤な切れ長の瞳は、逃げることを許さないと決意を強く感じ取ることができる。身に纏っている燕尾服が、清潔感と洗練された品性を醸し出している。
「我が姫だと?」
私の後ろから、底冷えのする低音ボイスが放たれる。思わず心地良い声色だった為に聞き流してしまったが、「我が姫」と確かに言った。後ろを振り返るも、姫らしき人物は誰もいない。
突如感じる浮遊感。膝の後ろから手を差し入れられ、抱き上げられたことに気がついたのは、男の顔が、至近距離にあったからだ。優しく、宝物を包み込むように抱き上げられている。赤い瞳には、私の顔が写っている。甘く、優しく、まろやかな笑みを私だけに向けられていた。
「愛しき我が姫」
少し濡れた唇が近づいてきて、私の額にそっと押し当てられる。チュッという可愛らしい音を鳴らした。
「師匠!姫って私のことですか?」
「このバカ弟子!何見ず知らずの男に抱かれて最初に出る台詞がそれか!」
「ご、ごめんなさい」
「本当に、いつもいつもいつもいつも 危機感足りなすぎると言ってるだろうがあ!!」
私が側にいるにも関わらず、大きく刀を振りかぶってアリオスは男を強襲するが、私を抱えたままヒラリと躱してみせた。そして指先をパチンと鳴らすと、目の前に高級感溢れるソファーが現れる。私はそっとそのソファーに降ろされた。男は、愛おしそうに私を見つめると私の耳元で静かに囁く。
「我から捧ぐは、この身を含め全て 永久に我が命朽ち果てるまで我が真名%#$#% 黒から白へ誓約と課す プロミス・ド・ノワール」
そしてそのまま足元に傅くと、男は私の足首を恭しく支え、足先へと唇を落とした。私は、思わず甘く余韻が耳に残った「プロミス・ド・ノワール」という言葉を口にしてしまった。
私と男の足元に魔法陣が展開される、黒から白へと輝きが変化し、誰にも破ることのできない誓約が、私と男の間で結ばれてしまった。
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