16 浄化と昇天と私
エントランスに満ち溢れる敵意と殺意が、より一層禍々しくなっていく。青白く光るレイスたちが姿を現した。
レイスとは、見たものに呪いや不幸を与えると云われる怨霊で、アンデット系の魔物だ。要するにこの物件にかつて住んだ住人たちが、次々と不幸に見舞われた原因が、レイスたちによる呪いだったというわけだ。かつての住人たちの恐怖心、そこから噂が伝播し、さらに畏怖する思いが広がり続けたことで、レイスたちの温床となっていった。
「殺ロス!殺ロス!殺ロス!殺ロス!殺ロス!殺ロス!殺ロス!殺ロス!殺ロス!殺ロス!」
「排除!排除!排除!排除!排除!排除!」
私たちを取り囲んだレイスたちの大合唱が始まった。そして一斉に私たちに襲いかかってくる。結界をすり抜けてレイスたちは私たちに取り憑こうと絡みついてきた。
「おい、俺たちレイスに纏わりつかれてんだが?」
『わふっ』
「一応、精神干渉無効と状態異常無効は、付与してるんで、害はありません」
客観的に見れば、レイスが群がった冒険者ってのは、ある意味ホラーかも知れない。というか、アリオスは、絶対に面白がって今の状況に軽んじている。
レイスなど実体が無い魔物には、物理攻撃は効かない。討伐するには、聖属性の魔法攻撃か聖水での浄化が必要だ。広範囲に聖属性の魔法を展開するのは簡単だ。だけど、それじゃあ、面白くないんだよね、アリオスが。
「おっ! そりゃ、シルバーゴーレムの魔核か?」
「んー、似ているけど少し違います 魔核は魔核だけど、ミスリルゴーレムのです」
アイテムボックスから取り出したのは、青白く輝くミスリルゴーレムの魔核だ。男性の拳位の大きさで、濁りもなく純度も申し分のないほど高く高品質の代物だ。私の過去(黒歴史)の産物の一つでもある。
「ウォーターボール展開」
目の前に現れた水の塊に、迷いなくミスリルゴーレムの魔核を放り込んだ。
「生成!!」
聖水の魔術式を思い描き構築。ウォーターボールに魔法陣が浮かび上がる。
「んあ、大量の聖水ぶち撒けるだけじゃ、面白くないぞ」
「むむむ、まだまだです」
展開が読めてしまったアリオスが、ブーブーとダメ出しをしてきた。確かに聖水を撒き散らすだけでは、大規模な術式であろうと普通のレイス討伐と何ら変わりがない。別に普通に討伐しても良いんじゃない?と思うけど、それじゃあ、アリオスに負けた気がして悔しい。黙って見てろと、アイテムボックスからいくつか素材を取り出しポポイと放り込んだ。
青白く光っている魔法陣が、ほんのりと赤みがかり、薄紫色へと変貌した。
「ミスト!」
私が作ったのは、アリオスの想像した通り聖水だ。レイスを浄化するには聖水をかけることが手っ取り早い。だけど、それだけでは駄目だとアリオスからの注文が出る。追加した術式に真っ先に気付いたのは、毛むくじゃらだった。顔を突き出し、鼻がヒクヒクと動いている。
「はわわ〜」
「アハ〜ン」
ミスト状の聖水を浴びたレイスが、次々と歓喜の声を上げて身体をくねらせながら悶え始めた。本来なら浄化は、苦しみの叫びを上げながら消えていくのが常。青白いレイスたちが、桃色に頬を染め、耳元で吐息を吐き、絶頂を迎え消えていく様は、浄化というよりも昇天だ。甘い甘い香りが立ち込め、全てのレイスが満足気な表情でをして消えていった。
「満足いただけましたか?」
どんなもんだと胸を張って振り返ってアリオスを見ると、拳を握り締めプルプル震えながら青筋を立てている。
「この 破廉恥娘!!」
大きな怒声と共にゲンコツが落とされる。
「イタタタタッ でも、面白かったでしょ?」
「はあん?どの口がいうかどの口が!耳元でオッさん顔のレイスが、欲情して絡み付いたまま果てるんだぞ 鳥肌もんだ」
思いっきり両頬をつねられながら、ぶんぶんと上下に揺さぶられる。離して欲しいとパシパシと手を叩いてたら、いっそう指に力を込められてからブリンと引っ張りながら外してくれた。じんじんと痛む頬を摩りながら睨むとフンと鼻を鳴らされる。
「それで、何をやらかしたら、ああなるんだ?」
「うぅぅ…… ミスリルゴーレムの魔核を媒介にして聖水を生成しました」
それだけじゃないだろうと、睨む目力が怖いです。面白いものを要求したのは、アリオスじゃないか。素直に要望に答えただけなのに。同意を求めるように毛むくじゃらを見つめると、すすすっと視線を逸らされた。
「浄化だと消えて無くなるだけだから……少しでも幸せに逝ってくれるかなとスズラ草と以前頂いた幸せになるお薬というものを混ぜてみたりして……あはは」
「幸せになる薬だぁ? ……どこで手に入れたんだ」
「娼館のお姉様たちから、すごく気持ち良くしあわせな気分になれるお薬よって……」
説明すればする程、眉間に皺を寄せていくアリオス。お声もいつも以上に低くて底冷えしそうです。頂いたお薬は、媚薬と呼ばれるお薬で、娼館のお姉様たちが、お客様たちとお楽しみされる為にご使用されるのだと、再び頬を抓られながら説明されました。
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