11 師匠とパンケーキと私
卵を割って、卵白と卵黄を分ける。たったそれだけの作業が、これほど難易度が高いなんて、ジェシカにパンケーキのレシピを教えてもらった時には、思いもしなかった。だがしかし、卵を何個も犠牲にした甲斐もあり、上手に卵を割ることはできるようになった。卵白と卵黄を分けることもきっとできるようになる……はず。
「ブハッ もう無理だ 笑い死ぬ」
背後で腹を抱えて笑う男が、私の手から卵を奪った。
「そのパンケーキ 俺が手伝ってやるよ ガルが卵を貰ったお礼だ」
『わっふん』
男は、私から奪った卵を台にコンコンと二回打つと縦に両手の指を添えて殻を割った。右手と左手に殻を持ち、少しずつ卵の向きを変えつつ卵黄を殻から殻へと移し替えると卵白だけがつるんと器に落ちた。
「おまえ、凄いな!!」
あれだけ苦労した卵白と卵黄の分離を意図も簡単にやってのけた。男は、分けた卵白の器にサラサラと砂糖を少量ずつ加えると空気を含ませるようにカシャカシャと掻き回した。
「師匠!パンケーキ師匠!」
「ブハッ なんだそのパンケーキ師匠って ほら、嬢ちゃんも手伝え教えてやるからさ」
その後も小麦粉を振り回してぶち撒けたりと散々な失敗をし尽くす私に、その都度腹を抱え爆笑しながらも、師匠は丁寧にパンケーキの作り方を教えてくれた。やっぱり、パンケーキ師匠じゃないか。
フライパンの上で、こんもりと盛り上がりキツネ色に焼き上がるパンケーキ。甘みを含んだ香ばしい香りが辺り一面充満する。ガルと私は、火で顔が少し熱かろうが、フライパンの側で並んで座り、師匠がパンケーキをひっくり返すのを今か今かと待ち構える。
「本当にガルがそこまで警戒心を解くなんて、嬢ちゃんスゲエな」
「卵いっぱい貰えたからじゃないのかな?」
「いや、ガルは俺以外の人からは、一切食い物を受け付けねえんだわ しかも俺から離れてまで、食い物を強請ったのは、嬢ちゃんが初めてだ」
ガルと向き合い目を合わす。キラキラ光る瞳で、可愛らしく首を傾げる。思わずぎゅっと首元に抱きついた。
「毛むくじゃらは、とっても賢い!きっと私に全く敵意も恐怖心もないことが判ってるんだよ」
「それだけじゃねえと思うけどなっと ほら、出来たぞ」
こんもりふわふわの湯気がたったパンケーキ。師匠が頂上にバターを乗せると熱でたらりと溶け出し下へと流れていく。
「ふわわわわ」
『わふっ わふっ』
私とガルの涎は、止まらない。採れたてのメープールの樹液を垂らせば、究極のパンケーキの完成だ。出来立てのパンケーキは、全部で三つ。ガルとパンケーキ師匠の分ももちろんある。ほとんどパンケーキ師匠に作ってもらったんだから当然と言えば当然だけどね。
「パンケーキ師匠、早く食べよう!」
「そうだな」
私たちは、パンケーキ師匠がゴロリと横になっていた木陰に移動して並んで座った。やはり、ここから眺めるジュレルの丘は、素晴らしい。ジュレルの丘全体が見渡せて、一面に広がる色とりどりの可愛らしい花。遠くに見える街は、マローの街だろう。最果ての街の向こうには海も見える。まさに絶景ポイント。
「いただきます」
ふんわりと焼きあがったパンケーキにフォークを差し込むと溶けたバターと混じり合うメープールの樹液が、しっとりとパンケーキに絡み合う。
「んんんんーーーーーーーー!!今までで、食べたどんなものよりも 一番美味しい!師匠!!!」
「そりゃ何よりだ 大げさでも嬉しいもんだな」
「大げさなんかじゃ 本当のことだもん」
口の中でとろけるように消えていくパンケーキ。ブワっとメープールの甘みが際立ち、幸せいっぱいの味わいに身体中が悶えてしまう。ハニービーのハチミツが取れたら、是非もう一度食べてみようじゃないか。その時は、また、パンケーキ師匠もお誘いしなければ。
お腹いっぱいになった毛むくじゃらは、パンケーキ師匠の傍でスピスピと鼻を鳴らしながら、お昼寝をしている。パンケーキ師匠も優しく頭を撫でてやっている。
「パンケーキ師匠は、ゆっくりしていて 私は、お片付けをしてくるから」
「嬢ちゃん、お片付けって……またやらかすんじゃないか?」
パンケーキ師匠が、意地悪な笑みを向けて、軽く挑発してきた。
「ふふん 問題ない お片付けはいつもギルドの依頼で請け負ってるから 一度も失敗なんてしたことないもん」
「ククッ そうか じゃあお手並拝見させて頂こう」
パンケーキ師匠から、食べ終えたお皿を受け取り、台の側まで戻った。先ほどは、情けないところを見せてしまったが、私は、やればできる子だ。師匠もそこで見ていると良い。
「ウォーターボール展開」
両手を突き出し、頭くらいの大きさのウォーターボールを10個ほど空中展開させる。食器やフライパン、ボウルなどを空中で待機しているウォーターボールに一つに一つずつ押し込んでいく。全てを押し込み終わると指先をくるくる回しながらウォーターボールの中の水流を回転させていく。一つに一つのウォーターボールだからこそ、食器も打つからず割れる心配もない。台も綺麗に拭き上げ魔道コンロと一緒にアイテムボックスに仕舞い込んだ。洗い上げた食器や調理器具の水気を風魔法で吹き飛ばし、全てをアイテムボックスに仕舞い込むとパンケーキ師匠に向き直った。
「ほらね ちゃんとお片付けできるでしょ」
「そうだな だけど小麦粉や卵だらけの身形じゃ全く締まらねえな」
確かにそれもそうだ。自分自身もスッキリ身形を整え終わってこそお片付け完成だ。
私は、大きめのウォーターボールをさらに二つ展開した。小麦粉と卵だらけのローブを脱ぎ、ウォーターボールに押し込む。次いでに自分の着ている服も下着も脱ぎ捨てて、いつものようにウォーターボールに押し込んだ。素っ裸になった私は、もう一つのウォーターボールにざぶんと飛び込んだ。
「待て待て待て待て!! おいゴルァ 破廉恥娘 何やっとんじゃぁ!!」
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