106 剣士の意地と幸せな気絶と私
私とレンが、訓練所の中央で向き合う。
レンは、右手に剣を持ち、左手で胸を押さえ、大きく息を吸い込み、細く長く、溜めた息を吐いていく。その動作を見ていると、直前まで騒々しくアリオスと喧嘩していたのが嘘みたいに、場の空気が重く変わっていく。
観客席に座る冒険者たちが、少し前のめりになって、中央で立っている私たちに視線を集める。端っこには、次の戦いに備えたモナリィとザラエフが、私たちの戦いを見逃すものかと静かに観戦しているのが視界に入った。
私も右手に持った枝っぽい杖の先を見て、二枚の葉っぱがしっかりと存在感を持っていることを確認し、目の前のレンだけに意識を集中させていった。
レンがゆっくりと顔を正面の私に向け、大きく目を開いていく。レンから私へのプレッシャーが放たれ始めたのを正面から受け止める。
私も、枝っぽい杖をブンっと一振りし、右手にそのしなりを感じ、レンへ向き直る。
暫し、私とレンが見つめあった静寂の時間が、訓練所を包み込んだ。
「始め!」
アリオスの大きな声で、第一回戦開始の合図が、響き渡る。
「どりゃああああああ!」
レンが、右足で地面を蹴って、大きく土埃が舞った。
「展開! 強化 硬質化!」
左手を枝っぽい杖に添えて、一気に魔術の術式を枝っぽい杖に付与させた。無機質な真っ黒に二枚の葉っぱも、枝っぽい杖も瞬時に変わった。
ガツンと武器と武器が交差し、激しくぶつかり合う音が、訓練所の端まで届いた。
中央で、レンが大きく振りかぶった剣を、私が枝っぽい杖でしっかりと受け止めている。
「まじか?」
「何なんだ、あの枝……… 信じられん」
観戦している冒険者たちが、目の前の光景に驚きを隠せないでいた。
木製の剣と枝っぽい杖が、ギリギリと音を立てて、剣と杖がせめぎ合う中、私とレンの顔も近づいた。
レンの奥歯をギリリと噛み締める音が耳元で聞こえる。
「術式展開 アイスバーン」
「うわぁ!」
レンの踏み込んでいた左足が、ズルリと前へ滑り、そのままバランスを崩す。
私は、さらにレンの懐に押し込み、剣を支える左手の親指を絡めとる。親指を支点にレンの腕、身体を私は全身、両腕、両足を使って完全に押さえ込みレンと一緒にしなだれるように地面に倒れ込んだ。
「ああ! じ、嬢ちゃん! お、お前!」
アリオスの絶叫が、訓練所にこだまする。
レンの頭と腕をしっかりと胸に抱きとめ、三角に締め上げる。両足もレンの両足に絡め、逃げる余地がないほどに締めつけた。
「ゴクリ」
観戦中の冒険者たちが、大きく唾を飲み込んで、さらに身体を前に出した。
私の胸の中で、レンがもがもがと暴れる。耳まで真っ赤なのは、締め上げられて苦しいからだろう。早く、ギブアップしないと、意識飛んじゃうよ?
「うわあああああ! くっそう!」
審判のアリオスが、地団駄踏みながら、大きな声をあげる。少しは、真剣に戦っているレンを見習ってほしい。
「レン、もう逃げられないよ?」
「はうっ」
私は、レンの耳に唇が触れるか触れないかの距離で、小さな声で囁いた。その囁きに対して、レンが苦しいのか、変な悲鳴をあげる。
「う、うらやましい」
「はあ? お前ら、直ぐにでも俺に殺されたいのか?」
なぜか、今度は、観戦中の冒険者を威嚇し始めたアリオス。本当に、ちゃんと審判の仕事をして欲しい。
レンが、必死に頑張るので、私もさらに腕の力を強めていく。レンの熱い息が、布の服を通して私の体まで熱を感じさせる。
「レン、ごめんね」
一気に首筋にそわせた腕の力をぎちぎちに締めた。
「きゅう」
レンが、幸せそうな顔をして、私の胸の中で意識を失った。
「があ はっはっは! ざまあねえな アリオスよ」
戦闘が終わり、その静寂を破ったのは、エルビスの大きな笑い声とアリオスに対しての嘲笑だった。
「うるさい! 覚えとけよ くっそう 勝者 嬢ちゃん!」
そして、負け犬の遠吠えのようなアリオスの言葉が放たれて、私の勝利宣言が、アリオスの口から放たれた。
レンは、負けたけど、幸せでした




