1 リスタートとプロローグと私
「新規で冒険者登録をする場合、冒険者のランクは、Eランクからスタートになります。見たところ、すでに冒険者として活動されていたようですが……本当によろしいのですか?」
くたびれ果てたローブ。使い古した革の胸当てを身に纏った私の姿を見て、冒険者ギルドの受付嬢が眉を顰める。
「かまいません! 私は、新人の冒険者としてここから始めたいんです」
記入した冒険者登録の用紙をカウンターに、迷いなくバンッと音を立てて叩きつける。
「登録をよろしくお願いします!」
そう、私はここで生まれ変わる。新人の冒険者アルとして、人生のやり直しをすると決めたから……。もう二度と戻りたくはない。
ここは、大陸最果ての街マローだ。私が暮らしていた王都ゼブディアから一番遠い街。とにかく、王都から離れたかった私が、地図を見て一番遠いからと選んだ場所だ。
ここに到着するまでに、正直何度も心が折れかけた。心のどこかで、もっと近場でも良いんじゃないと囁かれることもあった。
だけど、私はそれでもここが良いとがむしゃらにマローの街を目指した。
誰かを傷つけるために戦いたくない。私の命なんて紙クズのように扱い、都合よく魔物と戦わせて己の私腹を肥やすために利用されるなんてまっぴらごめんだ。
私の自由。私の居場所。
ただ、それだけが欲しかった。
だから、私はひたすらに足を進めた。馬車を乗り継ぎ、野を越え、山を越え、谷を越え……さらに馬車に揺られ、何日も野宿を繰り返して、王都から一番遠いマローの街へ、ようやく辿り着いた。
もう、ここには私の過去を知る人は、誰もいない。ようやく私は、私としてのスタートを走り始める。
汚れ果てた私を見て、眉間に皺を寄せて不快な表情をする可愛らしい受付嬢。まるで汚い厄介者がやってきたと思われているのかもしれない。
俯くな私! 前を向いて胸を張れ!
俯きかけた顔をあげて、受付嬢の瞳を真っ直ぐに見た。
「ハァ……わかりました。新規でのご登録ですね。後で元のランクにされたいといっても、受付できませんからね」
大きなため息を吐く受付嬢を見て、私は笑顔で応える。
「新人の冒険者として、登録をお願いします」
過去に冒険者として登録していれば、半年以内に元所属していたギルドに情報を確認して引き継ぐだけで、元々のランクで冒険者登録をすることができる。
本来であれば、そうするのが一般的なのだろう。だけど、私には過去の実績も経歴も全く必要がない。名前も含め、私は王都ゼブディアに全て捨ててきたのだから。
「それでは、ここに血を一滴垂らしてください。犯罪歴があれば、その時点で身柄を拘束させていただきますからね」
本当に歓迎されてないのが、受付嬢の言葉の端々からよくわかる。身なりはボロボロで、身体中が埃まみれで臭いもするかもしれないけど、そこまで露骨に嫌な顔をしなくても良いんじゃない?
「そこのあなた……初めて登録に来てくださった方に失礼でしょう」
私たちのやり取りを聞いていた女性が近づいてきて受付嬢に注意をする。
ふわふわのウェーブの緩くかかった長い髪。緩くサイドで纏めた上品な姿の綺麗お姉さんが、私を見てにっこり微笑んだ。
「うちの受付が、失礼な発言をして申し訳ありません。どんな事情があろうとも、お手間でなければ新規で冒険者登録をしても構いません」
私みたいに薄汚い小娘にも丁寧にお辞儀をして笑いかけてくれる女性。生まれて初めて、人間として扱われた気がして、胸の奥がじんっと熱くなる。
「ありがとうございます」
綺麗なお姉さんにペコリと頭を下げ、私は腰にぶら下げたホルダーからショートソードを抜いた。躊躇なく指先にナイフの刃を当てた私は、差し出されたプレートに赤い血を押しつけた。
私の血に反応して、プレートが一瞬だけ強く光った。受付嬢は、叱られて少し拗ねた様子で淡々と作業を進めていたが、綺麗なお姉さんは小さく息を呑んでいたのが少し気になった。
「白……」
「白? 何か意味があるんですか?」
私の問いかけにハッとした綺麗なお姉さんは、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「問題なく冒険者登録は完了しました。最果ての街マローへようこそ」
「えへへ……よろしくお願いします」
お姉さんからブロンズのタグプレートを手渡される。初めて自分の意志で手に入れた私の証明を、ぎゅっと握りしめた。
私は、元Sランク冒険者であるアルデリアに別れを告げ、新人の冒険者アルとして再び歩き始める。
この最果ての街マローで始まる生活が、私の本当の人生だ。




