万引きGメン
「ねぇ。お兄さん。レジを通していないモノがあるわよね?」
「あぁ!?」
私は百貨店で万引きGメンとして働いている。当初は百貨店の中に入っていたスーパーマーケットでレジ打ちの仕事を10年程していた。そこからショップの店員の手が足りないことから転属して2階のショップで働くこと3年程。その後、百貨店に勤めて長い事と、レジ打ち・販売員の経験があること、顔が広い事から店長からの強い勧めでその百貨店の保安課に転属し万引きGメンとなった。
当初は万引きGメンという仕事のノウハウなんて全く無く、そもそも客を疑ってかかった事も無かった。もちろん、その百貨店にも万引き被害はあり、月に80万円~100万円程の被害が出ていた。万引き被害が原因でテナントから撤退する店舗もあり、万引きは百貨店の重大な問題の一つであった。
万引きGメンとして、その百貨店独自のマニュアルを憶えて、警備会社から派遣されてきた万引きGメンの方から色々なテクニックや情報を教えてもらう。退職した警察官や自衛官の人から、人を観察する時にどこを見るのかや、行動真理を学んで、私は万引き発生件数を減らす事に貢献できている。
店内放送の隠語に万引きに関わるものがある。
「川中店長。2Fサービスカウンターまでお願いします。」
店長を呼び出している店内放送に聞こえるが、実際は万引き常習犯の一人が入店してきたので、万引きGメンである私を呼んでいる。川中という人物は「かわなかった」という架空の人物名である。
「金田GM。3F倉庫整理お願いします。」
ぷぷぷ。倉庫整理って何?これはレジの小銭が不足してるって伝える隠語。金だ金持ってこい!
「高井次長。1F食品売り場サポートお願いします。」
これは身分の「たかい」社長や会長が視察にやってきた合図。うっかり店員が気づかずに失礼な対応をとらないように店員に周知するため。
他の大手スーパーだと店内BGMで売り上げ目標の到達を伝えたり、外で雨が降り出したと伝えたり、ルパン三世のテーマで万引き犯来店!とかやってるお店もあるんだって。
この万引きGメンという仕事が私に向いているとは思っていない。元々GはGovernment manの略。FBI捜査官とか、日本ではかっこいいイメージで広まっただけで私には不釣り合いだ。政府・男性と言った意味ではない。成果を出し万引き件数・被害を減らしつつも私の性質的に合っていない。確かに百貨店に勤める皆には生活がある。その敵となる万引き犯を、Gという隠語で言ったり、G扱いして嫌う人も多い。私がその人を捕まえる。そして一番最初にその強い抵抗に遭う。
店長や保安部長に引き渡し、事務所にてそのやり取りを聞くのは辛い。
「もう…ひっく。絶対に…えぐ。…もうし…ましぇん…。」
号泣しながらそう言った女子中学生がその事務室を出た足で、ポケットにチョコレートを入れているのを確認。最速の拘留。二度目は学校、警察にも連絡を入れる。その時には涙も無く終始ふてくされている。少しして駆けつけた母親も警察だけは呼ばないでくれ。学校には連絡しないでくれ。
…娘に反省を促す発言は無い。娘の顔すら一度も見ていない。
「いえ。もう学校にも警察にも連絡を入れました。」
そういうと今度は親もふてくされてしまった。
この仕事に就くにあたって犯罪について色々な事を考えさせられる。
一口に万引きと言ってもその目的は様々。その日食べる物にも困って(ホントかは分からない)、警察に捕まることを厭わず
「儂に餓死しろっちゅーんか!」
って開き直って怒鳴り散らす人がいる。それでもやっぱり商品は生産者が居て、様々な人が関わって流通させて、店舗に置いている。あなたが万引きするために店頭に並べているんじゃない。
スリルを求めて万引きする人もいる。財布の中にはしっかりお札が入ってるのに、百円、二百円の商品をポッケに入れる。その商品を何故欲しかったのかと聞いてみると
「別に…」
研修でこういう例が多いと聞いているけど、どうも病気なのだそうだ。子供が意味なく自転車で細い道を通ろうとするような行為?失敗した最悪をイメージできるからこそ、微小のリスクを回避して楽しむ。人に迷惑をかけないところでやって欲しい。
学生の万引きでは、いじめが絡んでいることもある。いじめっ子達が万引きをさせていて、その万引きの様子を動画で撮っていたりすることもあるから後ろから見ていてバレバレ。いじめっ子数人と、万引きをしたいじめられっ子を別々の部屋に連れて行ってそれぞれに事情を聴く。
このケースは私達にできる事が非常に少ない。いじめを止めさせる事も難しい。いじめっ子もいじめられっ子もそもそも本当の事を言わない。双方の人間関係はお店を出た後も長く続く。何だかもやもやしつつも万引きをしたいじめられっ子にだけババを引かせて解決したことにする。
『罪を憎んで人を憎まず』
この用語は罪と、人を分離して、犯罪行為は再び起こしてはならないことと考える。いけないことと知りつつも人が何故そのような行為に手を染めてしまったのか、その生い立ちや背景、環境に目を向けて、改善を促し、犯人の人格を傷つける事の無いよう。という言葉のようだ。
しかし、この仕事をしていて私にはもう1つ罪と人の他に考えるべき要素があると考える。
夏の暑い日。一人の少年が何をするでもなく歩いている。今では少なくなったが、昔ながらの駄菓子屋の前を通る。店先に冷凍ケースが置かれており、中には様々な種類のアイスが入っている。少年は暑かったので、冷凍ケースの上部の蓋に当たる部分に何気なく手を置く。ヒンヤリして気持ちが良い。すると蓋が上にスライドして開いてしまう。駄菓子屋の店主は随分奥に引っ込んでいて見えない。更には辺りに誰もいない。監視カメラなども当然無い。
これは犯罪を誘引していると言えまいか。店主に若い少年を責める権利があるだろうか?少年に一生残る心の傷を負わせる可能性がある。蓋が上にスライドしなければ悪が鎌首をもたげる事は無かった。
何故店の外に置かれた冷凍ケースに鍵をかけていないのか。監視カメラREC中とダミーであっても設置を何故しなかったのか。何故ケースから見える場所に店主は控えていなかったのか。
ボーリング場の貸靴のデザインがダサい理由もそこにあるだろう。ワンコインで借りられる靴のデザインが素晴らしければ悪が芽生えてしまう。
『痴漢冤罪』という例もある。万引きとはまた違った事例ではあるが、こちらはモノが無い犯罪なので証拠がほとんど無い。TVで紹介されていた弁護士によるおすすめの対応を見ていた時「無罪であるならばできるだけ早く立ち去る」が正解。
私はこれにショックを受けた。これは犯人の行動と一致するからだ。
「この人、痴漢です!」
その偽証によって、周りにいる10人、20人が一斉に敵になる。偽証する女性のメリットは示談により受け取れる金銭以外にも多い。
・優越感や支配感
・被害者となることで得られる同情
・(直接的・間接的に)果たせる復讐
・メディアへの露出、承認欲求、劇場型の自己演出
・自身の遅刻などの過失の誤魔化し
定期的に参加する研修でこのような事例を学ぶ。勿論、万引きの証拠を確実に掴んでから声をかけるためだ。無罪の人を拘留してはならないという資料。だが私は万引きをさせてたいじめっ子の顔の方が浮かんでしまう。
愉快犯の中には店内で紛らわしい行動を取り続けるケースもある。商品をポケットに入れるふりをしてみたり、商品を持ったままトイレに入る振りをしてみたり、監視カメラをチラチラ見て、商品を持ちカメラの範囲外でしゃがみこんだり、、など。このような要注意人物の来店であっても私は店内放送で呼ばれる。
「鳥巣主任。サービスカウンターまでお越しください。」
とりそうな人は店の警備が厳重かザルかを探っている。盗っていないのに警備員室に連れて行ってしまっては一度罪の無い人を疑ってしまった負い目から、再度警備員室に連れて行き辛い。もしくは店からの詫びの品目当てでたかろうとするロクでもない人間だ。なので、基本は泳がせておく。その人物が手に取った商品、立ち止まったコーナーをメモしておき、週1回の棚卸しをまたずに前後で在庫のズレが起こるか様子を見る。
新しいスーパーで1回目から複数商品をごっそり盗る人物はそうそういない。ガムや電池などの小さな商品の在庫の確認だけなら1分でできる。在庫が減っていたならば鳥巣から鳥田に格下げ。以降は万引き犯として証拠を突きつけるまで捕まえ続ける必要がある。
やはり私は万引きGメンという仕事に向いていないと思う。盗むだろうという怪しい行動をマニュアル化して万引き犯だと目星をつけて付け回す。レジを過ぎてから声を掛ける。このやり方しか無いのは頭では理解できているのだが、指摘した店外や事務所で万引き犯が必要以上に抵抗する理由もここにある気がしている。
だから私はある時期からお店には内緒で、万引きをした人を事務所に連れて行く前に立ち話をして事情を聴くことにしている。私は性善説論者だ。人は生まれながら、他の生物と違い個人で生き抜く術がない。透明な水のような存在だ。周囲の存在の考えに影響を受け、性格や行動を始めとして色が決まっていく。例外はもちろんあるが、それは性悪説であっても同じであろう。万引き犯が罪を認め、謝罪し、金銭を支払ってくれるならば私は警察はもちろん、店にも言わずにその場で解放する。
その結果、以降の店の万引き被害は微増となってしまったが私は性に合うこちらの方が良い。
その日、私はスーパーを巡回していた。その時に初来店であろう若者3人が派手に万引きをしていた。これは慣れた犯行であると思い、私はレジを越え店を出るまで跡をつけてから、若者3人が駐めている車の地点まで行き声を掛ける。
「ねぇ。お兄さん。レジを通していないモノがあるわよね?」
「あぁ!?」
うん。嫌だよね。私は話が長いって色々な人から言われてるから。万引きした若者3人も、
「ごちゃごちゃうるさい!」
「はぁ?話長くてウザイ!」
「なぁ、おばさん。俺達が普段何やってっか知ってんの…か、、よ!っと」
ゴッ!!
鈍器で殴られて気絶した私はその3人の車の後部座席に乗せられて後ろ手に手錠をつけられる。
2時間後には海の沖の方に船で運ばれて錘を付けられてドボン。
こんな最期の瞬間に手錠を掛けられたことは因果応報でしょうか。
死に向かう最中に海水がどんどん透明で透き通ったものから、真っ暗で不透明に。
人が好きで性善説の私が、仕事中に殉死…?人のいない海中に捨てられる。
こんなにも黒くて不透明なこの場所はどれ程の人の死を混ぜた場所なのでしょうか。