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4話:戦争と魔法と道路と

 石畳の道を行く。ヴェリーキーシュタットの勢力圏は石畳で舗装された街道が整備されており、蹄の音がぱかぱかと子気味良く響いている。かの自由都市が何故この事業を進めたか、それは雇用の創出と金の為、引いては自治の為であった。


 知っての通り、金は何をするにも必要だ。自治権と自由を貴族や教会、王などの権力者から勝ち取るためにも無論必要だ。自由都市は街道を整備することで各地の商人を都市に集め、莫大な金を生み出す事で市民による常備軍を編成し、いわゆる封建制の先の統治体制を築きつつあった。また、この整備された街道で市民軍は迅速に展開し、外敵を攻撃することもできる。自由都市は力を見せつけ、商売による対価を王国へ供給する事で自治権を獲得していた。


 しかし、この街道によって人の往来がたやすくなると、今度は別の問題が起きる。街道を人が歩くという事は、そこで待っているだけで獲物がやってくる……つまり街道では旅行者や商人を狙った強盗や追剥が多発した。自由都市側としては一件ごとに軍隊を派遣するのは困難であるため、通行者には武装や隊商を組むなどの自己防衛を、そして、排除の為に冒険者を雇うという事がよくあった――サレンでの依頼もこの類の話だ。


 それらの盗賊は基本的に弱い者しか襲わない。賊とて死にたくはないからだ。だから、通常は軍隊や騎士を襲う事はない。だが、此度のサレンの強盗団は一般的ではない。彼らは意図的に軍隊を襲い、武装を略奪していた。死を恐れず、それでいて自分たちの強さに自信があるという事だ。


 ヴェリーキーシュタットを離れて数時間、ラントシュタイヒャーは手綱を引いて馬を止めた。


「休憩にはまだお早くなくて?」ヤナも馬の脚を止めさせてはいるが、まだ進みたいと言った感情が顔に書かれている。


「私の馬は大層な老翁でして」――彼の馬は彼が騎士として、戦場で暮らしていた頃からの(ともがら)だった。もう一言付け加える。


「あまり急いては、もしも街道で問題に遭った際に逃れられないかもしれない。休めるときに休ませてやるべきだ」


「そ、それは確かに、その通りですわね……」


 街道脇の川辺に馬を繋ぎ、彼らが水を飲めるようにし、ラントシュタイヒーは地べたに座るがヤナは躊躇した挙句、丸太に腰かけた。


 沈みかける太陽。月や星明かりだけを頼りに夜道を行く事は不可能に近いから、ラントシュタイヒャーは薪を集め、火口を用意して焚火を作ろうとするが、ヤナに「待って」と言われる。彼女は突然薪に手をかざし、何かを口走った。それは少なくともラントシュタイヒャーが聞き取れる言語ではなかった。


 ヤナが顔をあげると、火口の木くずから煙と木の焼ける匂いが漂い始め、彼女は息を吹きかけ、薪に火を回す。それは紛れもなく魔法だった。いぶかしそうに見つめているラントシュタイヒャーに気が付くと睨みながら言う。


「ギルドで、あたくしには盗賊退治はできないと仰いましたね……あたくしは、これはまさに神様の贈り物だと思っていますの。これでも、まだ役に立たないと仰るのですか?」


「いや……」


 ラントシュタイヒャーは魔法とそれを行使できる者を初めて目にしたという事実に面食らっていた。魔女と言う物は、暗色のローブにとんがり帽子を身に着けた鉤鼻の醜い老婆で、手には箒と杖を持つ、そんな偏見を幼少から聞いていた。だが、目の前にいる魔女は想像とは異なる姿をしていた。


 魔法とは聞くところによると選ばれた者のみが扱える不便で閉鎖的な物らしかった。また、教会が信徒に対してこれを禁じたのは、手をかざして傷を癒したり、何もない所に水を生み出したり、火を付けたりするそれは、創造者である神を模倣する許されざる行為だとしたからだ。そして、歪曲した教義を、人智を超えた在野の統制されていない力を禁じる理由にしていた。実際のところ、教会は一部の聖職者が行使できる魔法を〝祝福〟と称し、教義の名の下に独占していた。


 魔女や魔法使いと〝祝福〟を行使する聖職者の違いはその忠誠の場所によって異なる。前者の中には神を信仰したり、500年程昔の宮廷魔術師よろしく占い師や薬草師、医者として領主に仕え、その主人に忠誠を誓う者はいるが、決して絶対に自分たちを迫害した教会に忠誠を捧げる者はいなかった。


 聖職者は当然として神を信仰するが、忠誠の先は教会である。教会の指導要綱に従い、教会の解釈した福音書を学び、教え広め、全能の神が分け与えたという〝祝福〟を用いて人々を癒し、教会の軍を支える。そのために学び、その為に行使し、時にそのために死ぬ聖職者たちにとって、神の模倣を禁ずるという教義に反する魔女は相いれなかった。


「……悪かった。いや、しかし……」


 この国の強力な教権の歴史から考えると、貴族に魔女がいるだなんて想像もできなかった。それに、なぜ力があるのに聖職者にならないのかという疑問も湧き上がる。


「不思議ですの、ラントシュタイヒャー? あたくしが魔女という事が」


ヤナはついに勝ちを覚えたのか微笑んだ。


「物心がついた時からあるんですもの。これが神様や預言者の奇跡を模倣していると? そんなわけありませんわ。一生懸命に修道院で〝祝福〟を学ぼうとする修道士とあたくし、どちらの方が主の祝福を与えられているのでしょうね」と皮肉をつづけた。


——〝祝福〟と〝魔法〟の実態はどちらも変わらない。水をワインに変え、パンくずや魚の切れ端をバスケットに溢れさせ、嵐を止め、水の上を歩き、草木を言葉だけで枯らし、手をかざしただけで聾唖者や盲人を治し、酷い皮膚病を癒し、死の淵の人間に生命を与える。どちらも衆愚が〝奇跡〟と称する現象を起こす。ただ、誰の名に於いて行うかという事だけが異なるのだ。


 なぜ魔法ではなく祝福を行使できる聖職者にならないのかがラントシュタイヒャーには何となくわかった。彼女の父と兄は修道士になりそして死んだ、いや、殺された。それに、聖職者の生活と言うのは貴族のそれとは大きく異なる。清貧、貞淑、恭順を守らねばならず、自由などない。俗世から隔離されなければならない。そうして窮屈なまま死ぬことを彼女は望んでいない、だからこんなところに来てまで仇を探して名誉を得ようと企図している。


「……その服装や装備は?」気になるところだった。彼女が今抱きしめている剣、馬の鞍に括りつけられた大きな荷物。偏見ではあるが魔法が使えるのであれば不要に思えた。


「魔女が魔法のみを使うべきだと誰が定めたのでしょう? あたくしは領地を持つ貴族ですわ。貴族としての矜持を果たすためには、ズボンを履き、馬に乗り、甲冑を身につけ、剣を振るうことも必要ですのよ?」


 ラントシュタイヒャーは笑ってしまった。そうあるべき貴族や騎士のふるまいなんて、呼吸よりもよく知っていた。かつて自分もそうだったのだから。そして、自分も彼女を見誤ったように、彼女も見誤っている。彼女の煌びやかに整備された剣に対し、馬も武器も酷くくたびれている。彼女にとってラントシュタイヒャーは騎士や貴族の矜持を遂行できているようには見えなかったのやもしれない。


 二人は火を囲み、話しをつづけた。


「ラントシュタイヒャー、あたくしは冒険者になってまだ短く、経験が浅いとはいえ、あなたほど騎士のように身を固めた方は見たことがありませんわ。どなたかにお仕えしておいでですの? ……その、もしかすると面識のある方かもしれませんわ」


ヤナは白パンをあぶりながら何気なく尋ねた。しかしラントシュタイヒャーの方は少しだけ勘繰っていた。――彼女の探している人間が自分である可能性。


「死なない為には防具を着こむ事が最も素晴らしい投資ですよ、フォン・ヴァイスシルト卿。私は裕福ではないが、この不名誉な仕事によって賞賛と銀貨を多少は集められましたからね」とラントシュタイヒャーは本当の事は隠してそう答えた。


 ヤナは少し不満そうだがすぐに口を開く。


「そういえば先ほど、あの馬は老馬とおっしゃっていましたわね? あなたの防具や武器を見るに、冒険者になる前は戦場に身を置いていらして? ……アージェンヴィル地平線軍……は30年は前だしなさそうね。じゃあ、 スレブロブルクの戦い? ヴィーホト(東方)戦争? もしくは—— ヴェンダー地平線軍?」彼女の声は後ろに行くほど小さく、暗くなった。ラントシュタイヒャーは最後の名前を聞いたところで視線をわずかばかりヤナから逸らした。


 ヤナの羅列した3つは10年以内にドラニア王国で起きた戦争を示す。地平線軍と言うのは西方諸国教会が異端や異教に対する〝聖戦〟を実施する際に召集される軍勢の名称であり、シンボルである横一文字が掲げられ、教会の力による平定と平等を各地に与える。――地平線軍は神の名のもとに、時に激しい分断や虐殺を生んだ。ヴェンダー地平線軍は今のところ教会が最後に主導した戦争であり、この場にいる二人の騎士に大きな傷と分断を与えた。


 ラントシュタイヒャーはついに答えず、ヤナも沈黙し、しばらく火を囲んで食事に専念した。


 夜も深まる頃、交代で番をする事を話し合い、ヤナは倒木に頭を預けていびきを立て始めた。


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