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8.長いお別れ

「ロンダ······」


結婚式を控えているというのに、なぜここに兄がいるのだろうか。


「ニール様、なぜここに?」


もうお兄様とは呼ぶことはできない。


「出先でお前が船に乗るのを見て、追って来た」


憔悴しているせいなのか、細面のやや神経質そうな美貌がより際立っている。


これでは、また憑き物がついてしまうわ。それとも既に憑かれてしまっているのだろうか。

私ではクリフト様のように祓えるかはわからない。


「もうすぐ結婚なさる方がすることではありませんね。どうかロンダのことはもう忘れて下さいませ」

「ロンダ······く、苦しいんだ···、俺はどうしたらいい?」

「除籍された私はもう赤の他人なのです。ですからあなたが私を気にかけてくださる必要はありません。カールソン侯爵家の次代当主ならば、どうかわきまえて下さい」

「·······っ」


兄の苦悶で歪んだ相貌に涙が滴った。



「その苦しみから解放して差し上げます」


私は兄の記憶から私の存在を消す魔法をかけた。


兄のは愛ではなく、執着だと感じている。

本物の愛ならば、いつか昇華できるかもしれないけれど、執着はどこまでも不毛だから。


「うっ······」


私に関する一切の記憶を彼の中から抹消した。


今後私とどこかでばったり会ったとしても思い出すことはない。私を忘れられずに苦しむことももうない筈だ。


パチンと指を鳴らすと、兄は自分の両手で顔を覆っていた手を離すと、何事もなかったように資料館から立ち去って行った。


「さようなら、お兄様」


これから長いお別れになりますね。




魔女ノーマはラミリュク王の王宮から逃げる際に、忘却の魔法で王宮全員の自分に関する記憶を抜き取ったと昔話には書かれている。

でも、ラミリュク王にだけは忘却の魔法が効かなかったのよね。


兄にはちゃんと魔法が効いて欲しい。


そうでなければ、花嫁様が困ってしまうから。



ノーマ姫とエニシャ姫はこの資料館にある肖像画にも金髪碧眼の姿で描かれている。

ポーラシュの絵本や昔話の挿し絵にもそのように描かれている。


けれども昔話の終盤には挿し絵はノーマの髪は黒髪になっている。

それはハーレム潰しの魔女の印象を強くしたいからだろうか?

ノーマを悪女のイメージにしたかったから?


ハーレムを潰されて良く思わなかった人達もいた筈だ。

それで恨みを込めて黒髪に描いたとか?


でもそれならはじめから黒髪で書いても不思議ではないのに、なぜ途中から黒髪にしたのだろう? そこがよくわからない。


エニシャ姫のその後は、侍女と共に帰国してから貴族と再婚し子を成した。

その血脈が脈々と今も続いているようだ。


エニシャ姫の家系図が展示されていた。


その家系図を何気なく辿って見ていた私は、ある箇所で目を疑った。

私の生母であるルファーブル家と同じ名前が記載されていたからだ。しかもルファーブルは直系だ。


これが事実なら、私はエニシャ姫の系統の末裔ということになってしまう。


これは偶然? ただ単に同じ名前なだけ?


仮に同一人物だとしても、既に伯爵家はとり潰されて無い筈だ。


その後、祖父母達はどうしているのだろうか?


色々気になることが増えてしまい、自国に戻って調べたくなってしまった。


クリフト様に話せば協力してもらえるだろうか?

また今回もクリフト様に何も言わずに出て来てしまった······。


これはまた、彼にどやされてしまうかもしれない。



「元ロンダ、今ノーマはここで何してんの?」


またしても聞き覚えのある声がした。声の主が振り向かなくても誰かわかった。


「ごめんなさい」


振り向くとやはりそこにはクリフト様がいた。


「あのなあ、君の逃走経路はわかりやす過ぎだよ。舐めてんの?」

「逃走じゃなくて、これは観光よ」


ついさっき、逃亡から観光に切り替えたばかりだけれども。


「······観光ですか?」


もう一人、クリフト様の連れがいた。


ジュリアン様ではなかったので、彼がレノ様なのだろうか?


クリフト様に会った時のような、自分とは同族だというあの感覚がまたしてきた。


しかもクリフト様の時よりも強い感覚。はじめて会った筈なのに、自分はこの人のことを以前から《知っている》という、不思議な懐かしさまで込み上げて来た。


どうしてこんな感覚になるのだろう。


ジュリアン様の時との、これほどの違いはなんなのか。


「直近で何か魔法を使いましたか?」


レノ様とおぼしき男性は、私を心配するような面持ちで聞いて来た。


「忘却の魔法です」

「それは相手の同意を得たものですか?」

「······いいえ、私が相手に善かれと判断して勝手に使いました」


腰まで届きそうな金色の長い髪に、私やクリフト様と同じ琥珀色の瞳を持つ男性は溜め息を吐いた。


「右手を見せて下さい」

「えっ?」


言われた通りに見せると、知らないうちに手のひらが黒く染まっていた。


「こ、これは?」

「相手の同意なく忘却魔法を使うと、このように身体に代償を受けてしまうこともあります。以後気をつけて下さい、ノーマ様」

「······はい」


レノ様に回復魔法をかけてもらうと、黒く染まった部分は綺麗に消えた。

私の手を支えるために触れた彼の手はとても優しかった。


「ありがとうございます、レノ様」


レノ様は柔らかく微笑した。


「ノーマ、誰の記憶を消したんだ?」

「ヤバい元兄です。私を国から追いかけて来たので」

「うえぇ、懲りねえ奴」


クリフト様は顔をしかめた。


「今度、憑き物を祓う魔法を教えて下さい」


「ノーマ様、観光はあとどれぐらいのご予定ですか?」

「ルファーブル伯爵のことを教えてくださるなら、とんぼ返りでも構いません」

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