4.兄の結婚
兄ニールは憑き物が落ちたように、自身の結婚に前向きになったと、母からの便りで知らされた。
母もさぞホッとしていることだろう。
こんなに覿面効くとは思わなかった。
子どもの頃は優しくて頼れる私にとって自慢の兄だったのよ。
ここ数年の行き過ぎた溺愛をしなければ、今もその印象のままだった筈。
クリフト様に兄の憑き物を祓ってもらった後、まだ兄には会っていない。
兄の婚約か結婚が済むまでは会わずにおこうと思っている。
憑き物のせいだったとはいえ、それでも兄の怖い印象を塗り替えることはまだできずにいる。
見目も悪くない侯爵令息ならば、いくらでも結婚相手はいる筈だから、兄の花嫁はじきに見つかるでしょうね。
今までも沢山あったのに、兄が会いもせず、釣書を開くこともなく全部断ってしまっていただけだから。
ブレイク侯爵家に嫁いで二年が経とうとしていた時、兄の結婚が決まったという知らせが届いた。
家族との顔合わせがあるから私にカールソン家へ来るように連絡があった。
約二年ぶりの実家はすっかり様変わりして、私がいた時よりも華やかにしつらえられていた。
兄の花嫁になる人のために調えているのだろう。
ケイティ·ローハン伯爵令嬢は艶やかな黒髪に緑の瞳が印象的な美しい令嬢だった。
私との類似点が同性であることと同じ歳ということ以外全くない人だった。
わざとそうしたのか、それともこれが本来のお兄様の趣味ということなのかしらね。
「お兄様、おめでとうございます」
「あっ、ああ」
兄は素っ気ない態度で、私とは目を合わせないようにしている。
ここまで反応が違うと別人、以前の兄がまるで嘘のようだ。
ここまでの激変はクリフト様のお陰ね。
「ロンダ、少しいいかしら」
「はい、お母様」
別室に来るように手招きされた。
部屋のドアが閉まったとたん、母が怖いほどの真顔になった。
改めて見るとニールお兄様にそっくりだ。
「あなたはもうブレイク侯爵家の人間になったのだから、私達との家族関係は解消しても大丈夫よね? あなたの母親からは養育は嫁ぐまででいいと言われていたの」
母から突然縁切りを言い出され、どう返事をしていいのかまったくわからなかった。
「ニールの結婚式には来ないで欲しいの。あの子がやっとその気になったのだから、わかってくれるわね?あなたはあなたで幸せになってちょうだい」
私には両親に不満や不服を言う資格はない。
名前をもらい、この歳になるまで育ててもらえた。結婚の持参金も十分に出してもらった。それだけでも、どれ程言葉を尽くしても感謝しきれないものだ。
「ご恩は決して忘れません。皆様どうかお元気でお幸せに」
泣かずに声を震わせることなく、それだけを告げるのが私には精一杯だった。
本当は言葉を尽くして、もう少しちゃんとお別れをしたかった······。
動揺してしまい、それができなくて悔しかった。
帰りの馬車の中で、声を殺して泣いた。
これでもう私には生家は無い。そしてカールソンの姓も今後は名乗れない。
ロンダという名を私に与えてくれた人達は、今日、家族では無くなってしまった。
カールソン家の人達が私の家族では無くなる、いつかこんな日が来るかもしれないなんて、微塵も考えたこともなかった。
嫁いでも、自立してからもずっと家族だと思い込んでいた私は、認識が甘過ぎたのだろうか?
私にはカールソン家の人達しか家族というものを知らない。
家族として何が普通で、何が正しいのかがわからない。
家族って、こんなに突然失ってしまうものなの······?
それは私が養女だったから?
実の娘ではないから、結婚相手を酔っぱらって決めることができたの?
兄が私に想いを寄せていたのを知っても、母が私と兄を結婚させようとしなかったのは、私のことをよく思っていなかったから?
もしも兄の結婚相手として認めてもらえたならば、私はお兄様と結婚しても良かったのに······。
そうしたら、ずっと家族でいられたのに。
······これは私の虫が良すぎただけなの?
カールソン家の人達を本当の家族だと思っていたのは私だけで、私以外は期間限定の家族ごっこのようなものだったのだろうか。
愛とか恋とか、私にはよくわからない。
家族の愛とかも、まったくわからなくなってしまった。
後一年で契約結婚は終わる。離婚後カールソンは名乗れない。
ブレイク姓も名乗れないとしたら、私はどうしたらいいのだろう······。
今は、この先を考えることが辛い。
ブレイク邸に到着するとレイリー様が私を待っていた。
「君に話しておきたいことがあるんだ」
「何でしょうか?」
「なんだか元気がないようだけど平気かい?」
「えっ?ええ、疲れただけなので、休めば大丈夫です」
話を聞くのは、夕食後にしてもらった。
早めの湯浴みを済ませて着替えた。
泣き腫らした目も、なんとかマシになった筈だ。
そういえばリンジー様を見かけないけれど、どこかしら?
この頃外出が増えているみたいだ。
ふと窓から外を見ると、馬車を降りるリンジー様と、彼女を送って来たらしいクリフト様と別れの挨拶をしているのが見えた。
「リンジー様!?」
決定的瞬間を見てしまい私は驚いた。
二人はとても親密そうに抱き合いキスを交わしていたのだ。
いつの間にそんな仲になったのだろう?
レイリー様は知っているのだろうか?
私は嫌な予感を打ち消しながら、レイリー様が待つ部屋へ向かった。