3.魔導師クリフト
私宛にまた兄から手紙が届いた。
ブレイク侯爵家に嫁いだ翌週から毎週欠かさず届いている。
これでは兄ニールの異常さがレイリー様達にも気づかれてしまう。
私は兄に一度も返信を書いていない。それ以前に一度も読んでいない。
怖くて読めない、内容を知りたくないから。
この半年間でたまった未開封の手紙をまとめて処分しようとした時、バリンという破裂音と共に魔導師らしき人が私の部屋に姿を現した。
彼が入って来たであろう窓が吹き飛んでいた。
「······」
魔導師なら、もうちょっとスマートに登場できないのだろうか?
「君がロンダ?」
「そう···ですが」
魔導師の濃紺のローブを纏った男は、兄が寄越した手紙を一瞥すると「それ、憑いてるね」と言った。
「憑いて···?何がですか?」
手紙の山から一通取り出すと、魔導師は呪文を唱えた。
ゆらゆらと頭部が数尾の蛇のような人影が現れると、それは苦しげに呻いた。
パチンと指を鳴らすと、人影は手紙と共に瞬時に消えた。
「······今のは何ですか?」
「恋情を拗らせたヤバい男に取り憑く奴さ」
「······取り憑かれたそのヤバい男は治るんですか?」
「ほぼ治る」
「本当に? じゃあ今までのは、憑き物のせいということですか?」
私は信じられない思いで魔導師を見つめた。
「ヤバい男は誰?」
「兄です」
「はあ?!」
「ああ、ええと、血の繋がりは無い兄です」
壊れた窓からの一陣の風が、手紙の山を崩した。
魔導師は再び指をパチンと鳴らすと、手紙は全て跡形もなく消え去り、壊れた窓も一瞬で元通りになった。
「はじめまして、従姉殿。俺は王宮魔導師クリフトだ」
「従姉?」
クリフト様がフードを脱ぐと、私と同じ髪と瞳が現れた。
琥珀色の瞳と目が合った。
「うう······」
私はなぜだか急に涙が溢れた。
自分でも戸惑ったけれど、はじめて会う血縁者、同族というものを皮膚感覚、深いところで反応しているような不思議な感覚に襲われていたの。
「ちょっ、何で泣くの?」
クリフト様はひどく焦っていた。
「······多分、嬉しいから···かも?」
「俺も会いたかったよ」
私はそう言われて嬉しかった。
「従姉というのは、あなたのお父様は?」
「王の末弟さ。君の父上の弟。兄弟揃って庶子作りやがってさ」
「あなたも庶子なの?」
「そういうこと。庶子はまだ他にもいるけどな」
「一体何人いるの?」
「俺と君の親にはもう一人ずついる。女は君だけだけどね」
私はそもそも、王族達の正室と側妃が何人いるのかをよく知らない。
庶子以外の数自体を知らなかった。
「自分が何人兄弟なのか全くわからないわ」
クリフト様に数を聞いて驚いたというよりも呆れた。
私には3人の兄(一人は庶子)と2人の姉がいて、 いとこはクリフト様を入れて13人いるそうだ。
「これでハーレムがまだあったら、一体何人になっていたのかしら。魔女ノーマに感謝ね」
「ははっ、まったくだな」
「それで、あなたはどうしてここに?」
レイリー様の親族の宮廷魔導師は私とリンジー様の講師をやりたがらず断ったので、同僚のクリフト様が立候補してくれたらしい。
先ほどの窓を吹き飛ばしての登場は、私ともうすぐ会える感激で制御できず手元が狂ったのだとか。
この人、大丈夫かしら?
「これからよろしく。リンジー様を紹介するわね」
クリフト様は一目見るなり、リンジー様に心を奪われたようだ。
妖精のような夢心地にさせる可憐さは、みな虜になってしまうわね。
リンジー様もクリフト様と意気投合したようで、魔法の授業は毎回賑やかなものになった。
もちろんクリフト様が私の従兄弟であること、私が王弟の庶子であることは内緒だ。
私は王家の魔力を引き継いでいた。
今までまったく使ったことはなかったけれど、クリフト様と同様の力があるらしい。
特に王家では琥珀の瞳を持つ者は、強い魔力を持つらしく、庶子でも魔力持ちは宮廷内に仕事を持たされて置かれるのだとか。
私の庶子の兄も魔力持ちで魔導研究所にいるという。
「君も来ればいい」
「えっ?」
「王家の人間としてじゃなく、特別扱いもされないし、普通に職員として自活の道があるぜ」
それは少し心が引かれるけれど、まだ決めていないが、市井に紛れて生きるよりも、王宮で目の届く範囲に身をおく方が、王家としてはその方が助かるのだろうなという気がする。
無駄に逃げ回るよりは、双方にいいのかもしれない。
それに、クリフト様に会った時のように、自分の血族と会うとまた同じような感覚になるのだとしたら······、それを知りたい、味わいたいと思うようになってしまっていた。