2.レイリーとリンジー
父が持ってきた縁談の相手は、レイリー·ブレイク侯爵令息で、私より五歳上の理知的な男性だった。
初顔合わせの際に、二人きりにさせられた時、彼は率直に切り出した。
「無責任な酔っ払いの約束を履行する義務はありませんよ」
白金の髪に優しげなライトグレーの瞳の美麗な青年は微笑んだ。
「私は結婚したい女性が他におりますので」
「まあ!それなのに侯爵様はこのお話を進めているのですか?」
ブレイク侯爵はそれほど横暴な人物には見えなかったので驚いた。
「父は相手の身分が低いので、それを気にしているのです。私は一旦彼女を他家に養女に出してから結婚するつもりです」
レイリー様の意志は固く、清々しいまでの真剣交際。
レイリー様の愛する女性は幸せな方だと思ったわ。
どんなに反対を受けようが、身分の低い愛する人を結婚できるように便宜上でも身分を調えてあげようとする誠実さがある人はまだいい。
自分の愛する女性を愛人のままにさせておいて、自分は他の女性を平然と妻に持つなんて人は信用ならないからだ。
その点、レイリー様は好感が持てる。
「そういうことでしたら、この結婚は無しでかまいませんわ」
「わかっていただけて助かります」
私は誠実な好青年の幸せな未来を祈りたくなった。
そうやって一度結婚話は消えた。
けれどもそれから二月後、その縁談が再浮上した。
ブレイク侯爵が投資で大失敗し、没落の危機に瀕したからなの。
今度はブレイク侯爵ではなくて、レイリー様本人が自分の結婚事情を知る私ならば、理解した上で契約結婚を結んでくれると見込んで頼んで来たわ。
そこでレイリー様が私に提案したのは、三年間の白い結婚。
婚姻することで私の父がブレイク侯爵家を経済援助をするというもの。
もちろん三年間の契約、白い結婚というのはカールソンの家族とブレイク侯爵には内緒で、二人で結んだの。
「頼んだのはこちらですが、あなたの方にもこの契約結婚にメリットはちゃんとあるのですか?」
流石好青年、気にしてもらえるなんてありがたい。
「ええ、ありますわ。それはご心配には及びません」
私はお兄様と物理的に離れることができれば良いの。
その契約の三年間のうちに、兄の結婚を進めてもらい、危うい関係を持たない環境になればいいと思ったから。
だから、即答で承諾した。
「ありがとう、恩に着ます。あなたなら受けて下さると思いました」
レイリー様の恋人リンジー様も白い結婚と承知して受け入れた上での契約結婚だ。
結婚式の翌日、私はレイリー様からリンジー様を紹介された。
珍しい水色の髪に同じく優しげな水色の瞳の、妖精のような可憐な女性。
同性の私が見惚れてしまうほど人目を惹く、現実離れした美しさだ。
これならレイリー様がぞっこんなのはわかるわ。
「まるで妖精のようですわ」
「まあ、うふふ」
リンジー様は頬を染めた。
「ロンダさんて、王族のような目の色なんですね」
「えっ?」
カールソン侯爵家はみな金髪碧眼だけど、私だけが琥珀色の瞳で、光の加減で茶色にも金色にも見える。
私はこれこそ不義の子の象徴みたいで、あまり気に入ってはいない。
生母の顔も王弟である父の顔も知らないけれど、リンジー様の言うとおり、これは王家から引き継いだものらしい。
「そうなの···ですかね?」
よくわからないのですけどと、取り合えず誤魔化した。
「あなたには、リンジーに高位貴族の行儀作法を教えていただけると助かるのですが」
リンジー様は男爵家の庶子で、男爵家に引き取られてまだ数年しか経っていないという。
そこからまた他家へ養女に行くのは大変なことだと思う。
なんとか受け入れてもらえる伯爵家以上の家門を探している最中らしい。
「私にできることでしたら」
リンジー様は素直で物覚えも良く、優秀な生徒だ。
特にダンスが大好きらしく、それは教える必要が無いほど習得できているみたい。
蝶のように軽やかに踊る彼女は、本当に見るものの目を惹いた。
私達は歳も同じなので、そのうち友人のような関係になった。
端から見れば、正妻と愛人が友達同士というのは珍しく映るのでしょうけど。
「早くレイリー様と結婚できるといいわね」
「ええ、私頑張るわ」
リンジー様は流行りのロマンス小説がお気に入りで、その類いが苦手な私にも読め読めとしつこく勧めて来るから困ってしまう。
それでもリンジー様お勧めのロマンス小説のヒロインが、身を隠したり逃亡する手段や手口はいつか自分の役に立つこともあるかもしれないと気がついたの。
恋愛の描写部分の多い頁は飛ばして、現実世界でも有益な部分だけを読むことにした。
離婚の際の手続きとか、裁判になるとこうなるとか、女性でもできそうな護身術の方法とかの、ムードとは無縁の情報を恋愛本から仕入れた。
読んだ感想をリンジー様に聞かれると、私が的はずれな回答、珍回答をするので、「もう、ちゃんと読んでないでしょ!」と突っ込みを受けてしまうのが常になってしまった。
それでも懲りずに勧めてくるリンジー様もなかなか根性があるわよね。
私がブレイク侯爵家の書庫にあった蔵書で気に入ったのは、魔法関連の書籍だった。
実家よりもそのジャンルがはるかに充実していて夢中で読み漁った。
「魔法の本?」
「ええ、そうなの、子どもみたいでしょ?」
「あっ、私『後宮潰しの魔女』の話は知っているわ」
「王家の昔話ね」
その昔、隣国の魔女ノーマがラミリュク王と結婚して、何百年も続いた一夫多妻の大規模なハーレムを廃止したという物語だ。
······そうだ、私がこれでも王家の末裔ならば、その魔女ノーマの血を引いていることになるのよね。
確かそのラミリュク王から数えて十代目ぐらいかしら?
こんな昔話の登場人物と自分が繋がっていることに、今更ながらに気がついて身震いした。
その日の夕食時に、レイリー様に蔵書の件で質問してみた。
「ブレイク侯爵家の書庫には、魔法関連の書籍が多いのですね?」
「ああ、それは···、曾祖父が王宮魔導師だったからですよ」
「そうだったんですか!?」
「今でも親戚が王宮魔導師として勤めています」
「へえ~!私、その人に会ってみたいかも」
リンジー様の率直な発言に私も思わず頷いてしまった。
「ねっ、ロンダもそうよね」
レイリー様は思わぬ展開に苦笑している。
「ご迷惑ではなかったら、その方に魔法の手ほどきを受けたいのですが」
「どうして?」
「個人的な興味からですね」
「それなら、私もやりた~い!」
リンジー様に甘いレイリー様は承諾してくれた。
リンジーがなぜか途中「ロザリー」になっていて、著者が一番驚愕しました···。
なんというポンコツ!?
申し訳ありません、修正致しました。
指摘もせずに読んでくださり、皆様の優しさに感謝いたします。
2025.2.15