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悲しい目

「嫌だ!六年生たちの練習試合を見てから帰るんだ!」

「も〜…」

蒼がグズグズ言って栞さんを困らせてる声がした。

「どうしたん?」

「あ、ロクちゃん。今日私ね、今から仕事だから急いで帰らなあかんねん。でも蒼がどうしても上級生の練習試合見てから帰りたい!って我儘言ってて…」

と、栞さんが言った。

「じゃあさ、俺が練習終わってから一緒に連れて帰るよ。晩御飯もうちで食べて帰ったらいいやんか」

と提案した。当番でたまたまその場にいた母さんも、

「うちは全然いいよ。うちでご飯食べて帰ったらいいやん」

と言ってくれた。急にこうゆう提案をしても、いつも快くイエスと言ってくれる母さんが僕は好きだ。

央大たちもその話を聞いていて、

「じゃあ俺らも行く〜」

と言い出して普通の日だったはずの今日が、突然スペシャルな一日になった。蒼はわかりやすく飛び跳ねて大喜びで、まるで飼い主の帰宅に興奮する犬みたいに可愛くて、おかしくて笑った。


 栞さんが仕事に行った後、暑い体育館の中で六年生を中心とした練習試合が始まった。蒼はその試合の間、ずっと当番の母さんの横で試合を見ていた。僕がシュートを決める度に蒼は

「ナイスシュート!」

と手をたたいて、母さん以上に喜んだ。

「ロクばっかり応援しないで私のことも応援してよ〜」

と彩葉が蒼の横に座った。蒼はニコニコしながら

「ロクくん、すっごくカッコいいんだよ!一緒に応援しよ!」

と蒼が言うと、彩葉は無邪気な蒼の笑顔につられてずっと機嫌よくニコニコしていた。


 練習が終わった後、蒼と一緒にお昼ご飯を食べてから、バスケットゴールがある公園まで蒼を自転車の後ろに乗せて一緒に向かった。

「下り坂が怖い」

と蒼が言うから、わざわざ自転車を降りて自転車を押しながら公園まで歩いて行った。

公園につくと央大や五年生の大翔も来ていて一緒にバスケをした。途中で中学生が公園にやってきてゴールはあっけなく奪われてしまったが、その後はバスケをやめて蒼と一緒に蝉をとって遊んだ。

「絶対あの高さは取れへんわ〜」

と蒼が諦めていた高さにいる蝉も、蒼を肩車して一緒にとった。

「肩車、初めてしてもらった!」

と目をキラキラさせて蒼が言った。いちいちそんな風に喜ぶ蒼の顔をもっと見たくて、何度も何度も肩車した。蝉の抜け殻をとるだけでも、いちいち肩車をした。


 みんなでワイワイ晩御飯を食べた後、ドラえもんのDVDを一緒に蒼と見ていた。ロクの膝の上に座っていた蒼がウトウトしだしたタイミングで栞さんから連絡があった。

「ロク!今から塾に姉ちゃん連れて行くから、蒼くんと一緒に蒼くんの家の前で降ろすね」

と母さんに言われ、蒼の家の前で蒼と一緒にしりとりしながら栞さんを待った。

しりとりで『し』になる度、『しおり』と言う蒼。『ろ』が回ってきたら、『ロク』と言ってくれるだろうか。

五分程経って、自転車を立ち漕ぎしながら息切れした栞さんが帰ってきた。

「お母さん!おかえりなさい!」

蒼が栞さんの足元に飛びついた。

「ただいま。ロクちゃん、今日は本当にありがとう!とっても助かりました」

「全然いいよ。俺は蒼と遊んだだけやし、央大たちも居たし。」

疲れてるはずなのにニコニコしながら話す栞さん。

「ロクちゃん。帰り危ないから送ろうか?」

いやいや、何でやねん。と思いながら

「大丈夫。母さんが姉ちゃんを塾まで連れて行った後に、またここに迎えに来てくれるから。」

と言うと

「じゃあちょっと散らかってるけど、お母さん来るまでうちに上がって行ってよ」

と栞さんが言って、蒼の家に少しだけお邪魔することになった。

散らかっている。と言いながら、全然散らかっていない部屋。物が少なくて、余計な物が全くない感じの部屋だった。シンプルな部屋だから、隅っこに仏壇があるのがすぐにわかった。仏壇があるなんて珍しいなと思った。

「ロクちゃん、カルピス飲む?」

「あ、ありがとうございます」

思わず敬語になってしまった。

「お母さん、これってプリンのロールケーキ?」

と蒼が栞さんの持って帰ってきた紙袋を見て言った。

「そうやで。ロクちゃんのお家にお世話になったから」

「え、そんなのいらないよ」

と僕が言うと

「ロクちゃんが良くても私があげたいの〜」

と栞さんが言った。

栞さんの気持ちは何となく子供の僕でもわかるけど、そんなことをされると母さんは怒るかもなぁ。とぼんやり思った。

「ロクくん!お母さんのお店のプリンロールケーキ、すっごく美味しいんだよ!」

「え?お母さんのお店?」

と言うと

「あ、言ってなかったっけ?私ね、ケーキ屋さんで働いてるねん」

「へ〜」

と言いながら、ケーキ屋さんで働く栞さんを想像した。栞さんにピッタリな仕事だなぁと思わず顔がニヤついてしまった。

「え?何ちょっと笑ってるん?似合わねぇな。とか思ってるんでしょ!」

と栞さんが笑いながら僕の肩をコツンと叩いた。触れられた場所が熱くなった。

「ねぇ、お母さん。今日、お父さんのご飯お休みしちゃったね。お父さん怒ってないかな?」

と突然蒼が仏壇の前に座って言った。

「一日くらい休んでもお父さん怒ったりしないと思うよ」

と栞さんが落ち着いた声で言った。

蒼の正座した小さな後ろ姿が急にたまらなく寂しく見えて、立ち上がって蒼の横に座った。仏壇の前には若い男の人の写真があった。蒼と同じ目元で幸せそうに笑っている。

「死んじゃったの?」

と勝手に口から言葉が流れ落ちた。

「うん。蒼が一歳の時にね。朝起きたら、死んじゃってたの」

栞さんがそっと何かを置くように、静かにポツリと言った。

いきなり大切な人がいなくなってしまうって、どんなんだろう?

毎日、栞さんはどんな気持ちでご飯を供えてるんだろう?

蒼は今、どんな気持ちでここに座っているんだろう?

蒼の父さんの写真を見ていたら、何も言えなくなって途方に暮れた。

隣に座っている蒼は僕の前ではいつもニコニコしているけど、本当はいつも寂しい想いをしているんだろうか。


母さんが迎えに来た。蒼に

「おやすみ」

と言ってハイタッチした。

「ロクちゃん。本当にありがとう」

と栞さんが言った。

こんなことでこんなに蒼が喜んでくれて、栞さんも助かるのなら僕はいつだってここに飛んでくる。

そんな恥ずかしくてキザなこと、母親の前で言えるわけもなく

「おやすみなさい」

と言った。

母さんの車のブレーキランプで光った栞さんの目が、一瞬だけ悲しそうになった気がした。帰りの車の中で、外を見ながらさっきの栞さんの悲しい目を思い出していた。

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