第九話
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あれから三年?
御簾の下から転げ落ちた私は、目の前に立つ顕成を見つめながら頭の中で逆算した。
「おーい、どうしたんだー?」
わらわらと他の男子たちもこちらへ向かってくる。私は女房達に腕を抱えられて御簾の内側に戻されてしまった。
「吉野、あの人だったのよ。二度と会えないと思ってた、あの人が来てたのよ」
吉野は私の乳姉妹で気心が知れた女房でもある。
「あの人とは......先程姫様がお声がけなさっていたお方ですか?」
「そう。あの人が顕成だったのよ」
「まあ、あのお方が! 小若様の大学寮のご友人なんですね?」
小若とは二歳年下の弟の幼名で、現在は為則と改名している。
為則はついこの間まで大学寮の学生だった。
だった、というのも、今は休学中だからだ。彼は体が弱く病気がちなので、京に残る事を母上が許さず、近江まで連れて来られたのだった。
しかし、為則は十四歳。顕成は私と同い年だから十六歳。小さい頃一緒に遊んだ事があるとは言え、友人とは少し違う気がする。
「姉上、もうさ、本っ当に、勘弁してくれないかなあ」
為則の部屋のある西の対屋に行くなりぼやかれた。
「『評判の姉上を垣間見どころか直で見れるなんて』って皆にからかわれたじゃないか!」
「何が評判よ。あんたが人をネタにくだらないもの書くからでしょ」
為則は大学寮の課題で『朧月夜物語』という詩物語を書き、一部で評判になったのだ。
主人公の朧月夜という名前でかの『源氏物語』の雅な世界を連想したらとんでもない。
朧月夜の夜、とある姫が夜な夜な男装して街に繰り出して事件に巻き込まれるという話で、その姫のモデルは私なのだ。
「くだらないだなんて酷いな。真面目に姉上を観察して書いたのに」
「どこが真面目よ? 主人公の姫が暴れて婚約破棄? ちゃっかり人の黒歴史まで入れてたじゃない」
そう、私にはかつて婚約者がいて、婚約破棄に至ったという過去がある。