表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朧月夜に逢ひにゆく(改稿版)  作者: 斎藤三七子
第五章 院の怒り
80/106

第八十話

「私は当子様の女房の近江です。名前をお伝えいただくだけでもお願いできません?」

「女房殿であっても同様です。上皇様の命で誰も通すなとキツく言われておりますので」

「上皇様が?」


 当子様を強制的に移動させて女房解雇だけでも不穏なのに、更に誰にも会わせてくれないだなんて。

 一体、何があったと言うのだろう。


 では文だけでも渡してもらおう。 車で待っている吉野が紙と筆を持っているはず。

 そう思って車に戻ろうと足を踏み出した時、ギィーっと門が開き、邸内から大きな牛車がゆっくりと出てきた。

 慌てて私は門番の横に戻った。


 唐車からのくるま――

 廂屋根のある大きな唐車は、上皇様や皇后様、東宮様、摂政関白様あたりの方々のみ使用を許されているお車だと聞く。

 私は檜扇で顔を隠しながら腰を曲げて体勢を低くした。

 唐車は通りに出て方向を転換したところで一旦止まった。


「その者は?」

と頭上で声がかかる。

 そっと見上げると、若い男性が物見の窓の御簾を片手で持ち上げて私を眺めている。


「は、こちら妹君の女房殿だそうで面会希望で参られたのですが、ご存知の通り上皇様の命で……」

 妹君――当子様の兄君?

 当子様には兄君が三名いらっしゃる。

 そのうち唐車に乗られる身分のお方という事は――第一皇子の東宮様?

「ああ、なるほど、会わせられないのだな。女房殿、当子に会いたいのか?」

「はっ、はい!」

 東宮様かも知れないと思うと、緊張して声が裏返ってしまった。

「人も文も一切通さないと母君に言われてな、私も会わせてもらえなかったのだよ」

 え、文も?

 しかも兄君ですら面会させてもらえないなんて……。

「一体どうなっているのかと、今から父君、つまり上皇のところまで訳を伺いに行くつもりなのだよ。当子の女房なら一緒に参るか?」

「えっ?」

 私は驚いて見上げて東宮様かも知れないお方の顔を直視した。

 当子様とよく似た睫毛の長い切長の瞳がこちらを見下ろしている。

「是非とも同行させてください。私の車で後ろをついて参ります」


 唐車の後について、私の車も進む――ゆっくり、ゆっくりと……って、遅っ!

「唐車って、何でこんなにのろいのよ。これじゃ歩いた方が早いじゃない」

 私はあくびをして車の中で寝転んだ。

「まあ、高貴なお方が徒歩移動なんてあり得ないのは分かるけどねえ」

「普通は姫君もなさいませんよ」

 吉野は姿勢良く座ったまま、からかう。

 私は車の天井を眺めながら、ちらっと吉野を見た。

「そう言えば、吉野と一緒に車に乗るのも久しぶりよね」

「近江から京までの移動以来ですわね。その前に京にいた時にはよくご一緒してましたのに」

「あの頃は市によく出かけたわね。小物など見て回って楽しかったわ。また行きたいわね」

 吉野は目をパッと輝かせた。

「ええ、是非行きましょうよ。姫様の髪も伸びてきた事ですし、新しい髪飾りが欲しいですわ」

「私もいいけど、吉野自身のもね。吉野だって年ごろなんだから……」

 車が急に止まった。

「どうしたの?」

 起き上がって外の牛飼童に訊くと、

「中にいるのは月姫と吉野だね?」

と別の声が返ってきた。

 これは――顕成の声?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ