第六十一話
一通り聞き終えた顕成は不機嫌な表情になり、ため息を少しつく。
そして突然こちらに向き直し、私の両肩をそっと掴んだ。
「何?」
「改めて言うけど、そういう事は本当にやめて欲しい」
「宇治殿に行った事? でも道雅様の協力もあって、お使いの女房として上手く……」
「盗み聞きをした部分だよ。摂政様が帰してくれず、邸内の牢にでも閉じ込められたら、どうするつもりだったの?」
事実、道長様の声に何度も凍り付き、恐怖を感じた事を思い出し、私は何も言い返せなくなった。
「ここまでの道中、どんなに心配だったか分かる? 君に何かあったら僕は……」
顕成は私の両肩に置いた手を震わせ、目を瞑って俯く。
――あいつはそなたを好きなのだ。
今朝、道雅様が牛車の中で言われた言葉を思い出した。
こんな嵐の中駆けつけて来てくれた顕成。
もしかして本当に顕成は私の事――
「先生に申し訳がたたない……」
「え……先生? って、父上?」
顕成はそのままの体勢で私をじっと見つめる。
「僕が帰京できたのも、兄上との養子縁組に関しても、みんな君の父上の取り計らいのおかげなんだ。その恩人の大切な姫君に何かあったら僕は……」
なんだ。
道雅様の読みは違ったわ。
私を好きなわけじゃない。
私が昔の師であり恩人の父上の娘だから。ただそれだけ。
一瞬勘違いをした自分が恥ずかしくなり、頭がかあっとなる。
今度は私がざっと立ち上がった。
「やっぱり私が他の部屋で寝るわ!」
「え? いきなりどうしたの?」
「顕成なんて知らない!」
そう叫ぶと同時に涙が溢れてきて、両手で顔を覆い隠した。
何か、感情が、おかしい。
ああ、何だか頭も痛くなってきた。
また風が強まり、滝のような轟音が外で響いている。
そのまま気が遠くなり、私はその場で倒れた。
倒れ込む前に、顕成が「月姫!」と叫び、私を抱きとめたような気がする――