第五十二話
すぐに大勢の侍か何かがやって来る足音がして――遠ざかっていった。
恐る恐る、几帳と几帳の隙間から外を伺ってみる。
ちょうど一人の侍が戻って来るのが見え、慌てて隠れた。
「大殿、四方八方に分かれて捜索しましたが、何も見つかりませんでした」
「諦めるのが早い。庭だけじゃなく、軒下や車宿まで探したのか? 隅から隅まで探し回れ!」
「は、申し訳ありませんっ。再度捜索致します!」
そうして侍はまた去って行ったようだけど、ここで隠れている事がバレたら危険だ。
先程案内された部屋に戻らなくては――
襖の向こう側でひたひたという足音と、ざっと座る気配がした。
「何か潜んでいたのですか?」
「少し気配を感じてな。気のせいかも知れないが」
私は物音をたてないようにゆっくりと庇に出て、檜扇を開いて顔を隠しながら、そっと歩いた。
何人かの侍が戻って来て行き来する。
私の事は気に留めずにすれ違う。
そう、堂々としていれば大丈夫だわ。
「あら三位中将様の名代の方、一体どうなさったので?」
扇を外して前を見ると、先程案内してくれた女房だった。
「ええと、恥ずかしながら厠をお借りしたくあちこち探しておりました」
「あら、そうでしたの。それならこちらに……」
「待て」
背後から、先程聞いた太い声がかかる――私は再び凍り付いた。
「矢作、どなただ」
「中将道雅様の名代でいらした女房の方でございます。邸内で迷われたそうで……」
「道雅の?」
私はもう一度扇で顔を隠して振り返る。
顔は見えないが体格のいい殿方がそこに立っていた。
「こちらを摂政様にと預かっております」
深くお辞儀をしてから手にしていた包みを見せる。
「なるほど。では私に付いて来なさい」
その男性の後についていくと、先程隠れていた襖の向こう側の部屋に入ることになった。
「先客もいるが身内だから気にしないでよい」
身内?
檜扇の端からちらっと確かめると、二人並んで座っている。大人と子供だ。
大人の方は惟義ではなく、見た事のある顔だった。
すぐに先日の宴で琵琶を演奏していた方だと思い出す。
確か左大将の頼通様だ。道長様のご子息の……。
子供の方は十歳前後の男の子だった。
「で、道雅が《《私に》》何と?」
やはり、このお方が道長様か――
緊張を隠し、私は包みと文を差し出した。
道雅様はこんな事になると予想されていたのか、文の宛先は明記されていなかったのだ。
予め確かめておいて良かった。
「父上、道雅がどうされたのです?」
道長様は文に目をとおしてから頼通様の方に顔を向ける。
「ああ、宋から渡った菓子だそうだ。明日には京に帰ると言うのに、わざわざこんな遠くまで女房に届けさせるとは。相変わらずよく分からないやつだ」
「あ、あの、私が申し出たのです。美味しく召し上がっていただくのも期限がございますし、私も京の外の空気を吸いたかったので」
ペラペラと方便が口をついて出てきた。
「なるほど。なかなか外に出る機会のない女房殿にとっては、ちょっとした小旅行になるかも知れぬな。天気さえもっと良ければより楽しめたろうがね。さて、返信をしたためるからしばらくお待ちいただけるかな?」
そう言って道長様は退室し、頼通様と男の子と私だけが残された。




