第四十九話
翌朝。道雅様の用意した牛車に乗り込み、右大臣邸堀河殿へ再度向かった。
「近江は私の女房という事にすればよい。桧扇で顔を隠せば安心だろう?」
「それで大丈夫でしょうか?」
「ははは。強気の近江もあいつが怖いのか? でも尼僧に扮して会うつもりだったのでは?」
「いいえ、方違えで一泊させてもらいながら邸の人に話を聞こうと思っただけです。さすがに惟能本人と対面するつもりはありませんでした」
「そうか。でもまあ、昨日も話した通り奴は武闘派ではないし、今日は私も従者もいるから安心しなさい」
私は頷いて道雅様から渡された檜扇を眺めた。優美に垂れ咲く藤の花が描かれている。
「あいつの檜扇はどうした?」
「あいつ?」
「顕成」
「ああ、兄の邸に置いてあります。道雅様は顕成をなぜご存知なんです?」
「あれの養父の頼成とは親しくてね。彼は顕成の事をすごく心配していて、力になってくれと頼まれてるのだよ」
「養父の頼成様に……そうでしたか」
その頼成様は顕成の異母兄かも知れないと右京から聞いたばかりだ。
「しかし顕成本人に出世欲がなくて、結婚する気もないという風だから私も困ってるのだ」
「え、結婚する気がない?」
チクリと胸に何かが突き刺さった。
「あいつは縁談を持ちかけても全て断ってくる。だから近江が持っていた例の檜扇を見た時は驚いたよ」
「あれ、挨拶と社交辞令だけで恋愛要素全くありませんよ?」
「いや、顕成は女から恋文をもらっても返事一つしない男だよ。才があると聞いて歌会に呼んでも恋の歌は絶対に詠まない。そんな奴が女人相手に筆をとった。美しい檜扇まで用意してね。そして先日の宴であいつがそなたと接する様子を見て、あいつはそなたを好きなのだと理解したよ」
「そんな、まさか」
顕成が私を? いや、それはない。
一瞬浮かんだ期待を振り払う。
「私はそう思うがね。さて、堀河殿に着いた」
牛車が止まり、従者が門番に声をかけているのが聞こえてきた。
「こちらは三位中将様のお車だが、家司の惟能様と面会がしたい」
「惟能様は昨日から宇治の方へ出かけたままですな」
それを聞いて道雅様は物見の小窓から、
「宇治のどちらへ行ったか分かるか?」
と訊ねた。
「私用だそうで詳しくは」
「私用?」
道雅様と私は顔を見合わせた。
「では、このまま宇治へ向かってもよいか」
道雅様が従者に訊くと、
「僭越ながら、中将様は昼から会合の予定があるので時間がないかと」
と返ってきた。
「ああ、そうだったな」
「道雅様。宇治へは私一人で参ります」
「近江一人で?」
「引き続き、道雅様の女房という事にさせていただいてもよろしいでしょうか? それから小振りの速く走れる牛車と牛飼いもお借りできれば助かります」
道雅様はしばらく考え込んだ。
「一度私の邸に行こう。私も着替えなくてはならないしね」




