第三十三話
「あっ、いいえ。ごめんなさい。私の妹に似ているのでつい」
「美濃さんの妹君? もしかして美濃国にいらっしゃるのですか?」
「あ、私の“美濃”は亡き夫が美濃介だったからで実家は武蔵ですわ。妹は結婚して越前に行ってしまい五年は会っていませんの」
「五年も……。それはお寂しいですね」
「ええ、それで懐かしくて。近江さんは? ご兄弟はいらっしゃるの?」
「兄と弟が一人ずつです。小さな頃から喧嘩ばっかりで、あまり仲良くはないですが」
「ふふふ。私達姉妹も昔はそうでしたわよ。飴をどっちが多く食べたとか些細な事で。さて参りましょうか」
「は、はい!」
当子様のお邸から数台の牛車に分かれて出発し、大路を北上する。宴の会場は当子様が生まれ育った母后様の御所、小一条第。その前は入門を待つ牛車で渋滞している。
ようやく車宿まで着いて建物中に上がり、当子様を先頭に歩く列の後ろに着いて行こうとすると、美濃さんが笑って振り返り、
「あら、近江さんはあちらよ」
と進路の反対側を指す。
「え?」
「奏者の方の席はあちらよ」
「あっ、そうなんですね」
私だけ離れる事に心細さを感じた。
「もしかして緊張してらっしゃるの?」
「ははは。それはそうですよ」
「まあ大丈夫ですよ。気を楽にして楽しめばいいのですよ。さあ、行ってらっしゃい」
美濃さんは優しく微笑んで私の背中を軽く押し見送ってくれた。
庭に面した渡殿へ一人で向かう。その先に箏の琴が並んでいるのを見つけ、一番端を選んでそっと腰を下ろす。すると左側の几帳を隔てたすぐ隣にどかっと誰かが座り、
「琴の自信のほどはどうだ?」
と声をかけてきた。
「その声は中将の道雅様ですね?」
と返してみたけれど返事はない。代わりに、さらさらと筆を滑らせる音が聞こえる。しばらくして几帳の隙間からそっと扇が出てきて、その上に結び文のようなものが置いてあった。手に取ってほどき中身を確認する。
『声だけで私がわかるとは、あなたの深い思いを知り戸惑っています』
「まっ。そんなんじゃないですっ」
思わず大きな声を出してしまう。同時に隣でプッと吹き出すのが分かった。
すると、
「これ、中将様に失礼ですよ。静かにお返事を書きなさい」
と落ち着いた深みのある女性の声が背後からした。
振り返ると三十代半ば位の女房装束の女性が立っていて、その目は笑っていた。
「あ、すみませんっ」
「ははは。その声は小伊勢かな。近江とはもう友人だ。からからかってるだけだよ」
「あら、そうでしたの」
「あ、あの、すみません。私、紙と筆の用意がなくて」
「では後で文をくれるという事だな? 楽しみに待つとしよう」
「近江さん、忘れないようにね」
「あ、はい! 承知しました!」
道雅様がまた、はははと笑う。
「先輩女房に強制された義務的な文なら結構だよ。小伊勢、あなたも筝を?」
「いえ、私は楽器の確認に参っただけで、後ほど下がりますよ」
「筝は近江を入れて何名か分かるか?」
小伊勢と呼ばれた女房は、用意されている筝の琴を目で数えてから、
「八名かと」
と答えた。




