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朧月夜に逢ひにゆく(改稿予定)  作者: 斎藤三七子
第二章 新しい生活
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第二十九話

「主上、こちらが近江です。私も出会ったばかりですが」

「わかったから中将、近江に扇を返してあげてよ。困ってるみたいだよ」

 幼い帝に諭され、道雅様はいたずらっぽく笑いながら、

「これは絵しか描かれていないじゃないか。残念だな」

と扇を私の手に戻した。

「中将。まさかと思いますが、草子に書かれた場面の再現でもしたつもりですか?」

 几帳の向こうから呆れたような調子の当子様の声。帝は首を傾げる。

「草子って何の?」

「『枕草子』でございます。当時の大納言が女房だった著者の扇を取り上げてからかう様子が記されているのです」

 その『枕草子』とは、少し昔、皇后様の女房をしていた清少納言様という女房が書いた草子で、ちょうど先日、私も読み返してみたばかりだった。当子様が言われているのは、初出仕の頃の初々しい清少納言様の様子が書かれた章段のことで、確かにちょうど今の自分の姿と重なる。

「ははは。扇に隠れて震えている女房殿を見てとっさに思いついたのですが、宮様にはあっけなくばれてしまいましたね」

「しかも草子の大納言はあなたの父君ですから、わざとらしすぎますわよ」

「えっ?」

 驚いて思わず声を上げてしまった。

 道雅様は再び振り返り、ふっと笑う。

「私はふじわらのこれちかの息子なんですよ。そなたは?」

 え? 伊周様のご子息? では、かつての関白道隆様の愛孫、“松の君”!

 『枕草子』に登場する有名人だ!

「わ、わ、私は、お、近江といいます」

 思わずどもってしまった。

「それは先程聞いて覚えていますよ。普段の呼び名は?」

「月姫と呼ばれております」

「月姫か。それで『朧月夜の君』なのかな」

 私は赤面して扇でまた顔を隠した。

「月姫の女房名は近江なんだね」

 帝のお声。

 ああ、いつまでもこうしていては失礼だわ。

 私はそそそと前に出て深くお辞儀をした。

「はい、近江でございます。ご挨拶が遅れましたが……」

「近江は蹴鞠ができるって本当?」

「え? あ、それは……」

 いきなりの質問に戸惑って、思わず当子様の方をちらりと見る。

「主上、近江が蹴鞠をして遊んでいたのは子供の頃の話ですよ」

「弓矢は?」

「同じだと思いますよ。ねえ、近江」

「はい。子供の頃はともかく、裳着を迎えた頃には流石にやらなくなりまして」

「えー。一緒にやりたかったのになあ」

「主上。また私がお相手いたしましょう。しかし、近江は見かけによらずお転婆な姫なんだな」

 道雅様がからかうような顔をして私の横に座り直す。私は広げた扇をまた顔全体に押し当てた。

「子供の頃の話ですっ」

「今でも馬に乗りそうではあるかな」

と、扇を少し引いて、また顔を覗き込むフリをされる。

 完全にからかわれてるっ。

 当子様はふふっと笑い、檜扇で顔を隠しながら、几帳の裏からずいっと出てみえた。

「近江は漢学にも通じていますし、書も優れているとのこと。そうの琴も得意ですよね?」

「ええっ? 誰の話ですか? それ?」

 帝がしゃくでぽんと手を叩かれた。

「明日の小一条第での宴、ちょうどそうが足りないと聞いたよ。近江に出てもらってはどう?」

 何ですって? 筝? 宴に出る?

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