第二十七話
「ええ? そうなんですか?」
びっくりして美濃さんが運んできてくれた餅菓子を床に落としてしまった。
「私も最近聞いたばかりの話だけれど、とある姫君の邸に忍び入ったのを、その主人に見つかって捕えられたらしいの。その報告を受けて、当時帝だった私の父君が命じて地方に左遷したのよ。月姫が断ったのは、そんな相手だと知って傷つかれたのではなくて?」
「いえその話は全く存じませんでした。縁談の話があったのは二年前のことなので」
「あら、そうだったの?」
「ええ。むしろ当時は私の方が悪いんです。その男が通ってきた夜、私は土壇場になって怖くなってしまい、暴れて髪を切り落としてまで抵抗したので破談になったのです」
「まあ」
斎姫様が私の腰辺りに目を落とされた。
「あ、これ、実は付け(も)毛なんです」
私は笑って後ろで束ねた髪をつかんで見せた。
「そして、右兵衛尉様――前右兵衛尉様ですね、彼は逃げ帰ってしまったんですよね」
斎姫様はいたずらっぽい笑顔に戻り、
「月姫が拒否した理由が気になるわ。実は秘かに恋人でもいらしたのではなくて?」
と、乗り出すように聞いてきた。
「ええっ? そんなんじゃありませんよ」
「では今回は? お一人で京に戻られたのは恋人との逢瀬のためとかではないの?」
私は再び苦笑した。
「残念ながら昔も今も恋人なんていませんわ。恥ずかしながら、あの一件以来、私が乱暴な姫だと噂になってしまったらしくて。浮いた話はさっぱりなんです」
「そうなの? そんな噂は聞かなかったわよ。どうかしら、丹波」
「はい。私も存じません。そのような噂がもしあったとしても、前右兵衛尉様の悪評の方が大きくて既に消えてしまったかと」
世間の噂話に詳しい女房がそう言うのなら、そうなのかも知れない。世の取り沙汰も七十五日という事か。
「だとしても父上はそう思っていないんですよね。もう私の結婚は当分諦めたみたいで。私が都に戻って来たのは、単にお務め先を探すためですよ。こうしてすぐ斎姫様にお声がけいただくとは思いもよりませんでしたが」
「当子でいいってば。私も年の近い女房を探していたところだったからちょうどよかったのよ……」
その時。バタバタバタと足音が聞こえてきた。音がした方角を見ると小柄な人影が廂側の御簾の前に滑り込んだ。
「大変ですっ! み、み、みっ」
「これっ、おふう。御前ですよ、落ち着きのない」
丹波さんにたしなめられ、少し姿勢を正しながら、おふうという女童は続けた。
「帝がいらっしゃいます!」
「えっ?」
「ええっ?」
びっくりして斎姫様と私は同時に叫んだ。
「おふう、帝が自由に御所を出られるわけがないでしょう?」
丹波さんは落ち着いた顔でおふうに返す。
「本当なんですよ! 今こちらに向かわれてます」
実際に衣ずれの音が聞こえてきて、だんだん大きくなってくる。丹波さんが目配せをし、私は慌てて部屋の隅へ移動して檜扇を広げた。
「今上帝が入られます」