第二話
あれは十歳の頃。伊勢国で暮らしていた時。
「げ、お前、またそんな格好で!」
三歳年上の兄上が嫌そうな顔をして私を見た。
「あれ? 弟君の小若……じゃないよね?」
兄上の友人の一人が、不思議そうな顔で私の顔を覗き込む。
「これ月姫……」
「ええっ?」
私はその時、袴の上に水干を被り、髪は後ろで一つに束ねていた。男の子がする格好だった。
「お前、まさか、ついて来るつもり?」
「私も海に行ってみたいの! 本物を見た事ないんだもの」
「馬で行くんだよ。姫君には無理だよ」
とまた別の子が苦笑する。
「私、馬乗れるし! ――って、あれ? その子誰?」
兄上達の後ろに、見慣れない小柄な男の子がいる事に気付く。兄上は振り向き、今思い出したかのように、ああと頷いた。
「さっき、父上のところに連れて来られた子だよ。都の……よく分かんないけど、まあまあ高貴な家の子なんだって。静養のために伊勢に来てるらしい」
「せいよう?」
「病気を治しに来たって事」
「へえ」
改めてその子を観察してみる。
都の高貴な家の子にしては、白粉は付けていないようだが、色白で、私よりも小柄で痩せていた。
こちらをじっと見返すその瞳は少し目尻が上がって猫のようで、女の子のような可愛らしい顔立ちだ。
「こっちに来て病気も良くなってきたから、外に出て子供同士遊ばせたいって、この子のお祖母様が国司の父上に相談したら、ちょうどうちにも同じ年頃の子供達がいますよって事で、早速今日連れて来られたんだよ。ああ、そうだ。月姫と同じ十歳だってさ」
「へえ、私と同い年なの? 名前は何て?」
と聞くと、兄上は馬に跨りながら、
「顕成だって。ちょうどいいや、お前達は二人でここらで遊んでな。さあ、俺たちは行くか!」
と急に駆け出した。
「おう!」
他の男の子達も馬で兄上を追いかけて行く。
「え? ちょっと待ってよ。ええっと、顕成。あなた馬は?」
「ああ、その子、しゃべれないよ!」
一人乗り遅れた男の子がそう言い捨てて立ち去った。
私は聞かなかった振りして、
「あなた馬に乗れる?」
ともう一度聞くと、顕成は小さく頷いた。
「じゃあ一緒に来て!」
私は顕成の手を取って、厩に向かう。