第一話
静かにそよぐ秋風が少し肌寒く感じる夕暮れ時。私は思わず御簾の内側から声をあげそうになった。
ドクン、ドクン、と胸の鼓動が高鳴る。
御簾越しに、弟と五人ばかりの男子が蹴鞠をしているのが見える。
その中の一人。薄浅葱の狩衣に枯草色の指貫、立烏帽子を被った細身で背の高い男。
私は彼から目が離せないでいた。
しかし、その顔をはっきりとは確認できない。御簾に当たる夕陽が眩しくて、視界が白くぼけてしまっている。
私は這いつくばるような姿勢になり、そっと御簾の下側を上げて外を覗うと、ちょうど鞠がこちらに転がってきて、その人がそれを追って近づいて来た。
「姫様! なんて格好なさってるんですか?」
その声に私はびくっとして体勢を崩し、その勢いで体ごと御簾の下から簀子縁まで滑り出てしまった。
「月姫様!」
時は平安。長和五年。後一条帝の御代。
今年即位したばかりの帝は御年九歳とまだ幼少で、外祖父の藤原道長様が摂政となられ、益々の権勢を振るわれている。
ここは京の都より東、大きな湖のある近江国。私の父がその地方官、近江守藤原正通。
そして私は藤原月子、十六歳。
通称月姫と呼ばれている。
ちょうど目の前で人影が鞠を拾い上げ、肩で息を切らしながらこちらに向く。
夕陽と彼の視線が顔に直に降り落ちる。
うわっ。ど、どうしよう!
今の時代、男と女が直接顔を見合わせるなんてことは、滅多にない事。
慌てて上半身を起こし、手探りで顔を隠すための扇を探すが見つからない。倒れた勢いでどこかへ飛んでいってしまったのだ。
私は諦めてそのまま彼に対して向き直して姿勢を正す。庭に立っている彼と、高床の簀子縁に座る私の目の高さはほぼ同じだ。
色白で中性的な顔立ち。黒目のはっきりした猫のような形のその瞳。
「私の事、覚えてる?」
賭けるように聞いてみる。
彼は私の顔をじっと見た後、ふっと目を細めて微笑みコクンと小さく頷く。
その目尻に少し皺がよる。
ああ、間違いない――
彼の名は顕成。
私の初恋の人。