見つかったもの
「シヴィル! 」
ヴァトレーネの街から戻ると、兵舎の前で黒き狼ことツァルニが仁王立ちしてる。なんと書置きの文字は机の上へ直接『シヴィル、エリーク、ミナト、町』と落書きされ、ツァルニはかなりのご立腹だった。午前中の仕事をサボったシヴィルは耳を引っぱられて兵舎へと姿を消した。
「アキツミナト、ラルフ様がお呼びだ」
兵舎から軽装の兵士が出てきて湊を呼んだ。エリークが気になるけど、新しくできた友達と遊んでくると言って去った。湊より順応が早くてちょっとさびしい気持ちになった。
2階にある大きな部屋へ通される。白と赤を基調にした部屋は壺などの調度品が飾られ、ツァルニの書斎と違って仕事部屋には見えない。
「来たか」
黄金色の瞳が座るよう促す。ふかふかのソファーは硬いイスが粗悪品に思える座り心地だ。大理石のテーブルが置かれ、宮殿にでも迷いこんだのかと錯覚する。
「あらためて自己紹介をしよう、私はフラヴィオス・ラルフ。ロマス帝国から派遣されてこの地域を管轄している」
装飾のある布製のソファーへ悠々ともたれた男が名乗った。獰猛な甲冑は着けてなくて、質の良さそうなチュニックに緋色の長い布を巻きつけてる。他の兵士たちとは別の雰囲気を持っていたが、彼は貴族のようだ。ロマス帝国は周辺の国々を統治している大きな国だった。
「アキツ・ミナト、君に聞きたいことがある」
「は、はい」
金色にちかいヘーゼルナッツ色の髪がゆるやかに波打ち、にじみでる黄金の虹彩に湊は気圧された。
テーブルへカバンが置かれた。小さく声を上げると、目を鋭くしたラルフが湊を見つめる。
「わかりやすい反応だ。やはり君の物か」
賊から押収して調査したことを淡々とラルフが説明する。押収されたカバンは兵士たちによって開けられていた。
「君は文字も分からないのに、自分の名前は書けたそうだな? 取り調べのときは賊に襲われたショックで混乱しているのかと思ったが、これを見るかぎり嘘とも思えない」
湊はハッとした。彼らは味方ではなく帝国の軍人だ。無意識にツァルニの前でサインした事や、事情聴取のときに話した内容はまずかったかもしれない。
置かれたカバンはこの世界にはない物、ラルフはチャックを開けて中身をならべた。たいした物は入ってないけど、彼の推測を立証するには十分だろう。
緊張した湊は手をにぎりしめる。
テーブルへ出した物をひとつひとつ説明するラルフの手にも力がはいり、カバンの布地へ皺ができた。
まずはカバンを構成する布地と金具、縫い目の精密なところ、見たことのない筆記用具にメモ帳とクリアファイル、ハンカチタオルとスマートフォン、それにペットボトルと携帯歯みがきセット。1番文明的なスマートフォンは使い方が分からず、黒い鏡と評されていた。
鉛ぴつを手に取ったラルフはそれがいかにすごい物なのかを語り、次にボールペンを持って用意した紙へ文字を書く。
「最初は鉄筒製の封書入れかと思ったが、これはペンだったんだ! すぐ乾いて滲まない!! 」
なぜかラルフは自慢げに書いた字を何度もこすった。ふだん使用している浸けペンでは手が汚れたり、衣服へインクがつき取れなくなって大変らしい。さらに自社製品を売り込む社長のように、テーブルへ置いた物を手にして熱弁する。
「水の入った透明な容器、ガラスでもなく非常にかるい! そして使い方すら分からない透明のペラペラと肌ざわりのいい布! 」
ギリシア彫刻像のごとき美しい男がハンドタオルで顔をスリスリしている。延々とつづく賛美を聞いていると、ひと息ついたラルフが湊を指さす。
それは地味な1着のスーツ。住居にいる時はシヴィルにもらったチュニックを着ていたが、基本スーツを手洗いしながら何度も着てる。兵士たちは服に疎いので気づかなかったけど、目ざといラルフは近代的な服の作りを称賛する。
「そんなものを着て本土を歩けば、君は間違いなくファッションスターだ!! 」
すこし興奮気味に話していたラルフだが、咳ばらいして声のトーンを落とした。
「すごい技術を持った君の国がどこに実在するのか分からないが、私はそれを信じよう。……だがよくよく注意すべきだミナト、目を付けた者が悪い考えを持つかもしれない」
狼のように鋭くなった黄金の目が射貫く。ラルフは湊のことを帝国へ伝える意思はないと語った。代わりにテーブルへならべた物の使い方や説明を求められる。知識のすべては明かさず簡単に説明すると、1つにつきラルフから10以上の質問が返ってきて説明は終わらない。
扉がノックされ時が伝えられた。ずいぶん話しこんでしまい、夕刻に差しかかっていた。明日の午後にラルフと再会の約束をする。
「ああ、それから……」
ラルフは空になったフルーツ飴の包み紙を出した。
「……すまない、美味しくて全部食べてしまった。明日、代わりの物を御馳走する」
この世界にも飴はあるけど味は違う。威風堂々と座っていた男がしゅんとする姿は子供みたいでちょっと可愛い。
「ふふ……いいよ。飴くらい」
いままでの緊張がウソみたいに気がぬけて笑うと、足を止めたラルフは近づいてきてハグをした。パーソナルスペースゼロの世界、厚みのある胸板にもみくちゃにされて、ついでに頬へキスされた気もする。
「ねえシヴィル、ラルフってどんな人? 」
いまいち掴みきれないラルフの姿、優雅で堂々しているかと思えば子供のようにも振舞う。甲冑を着ている時はおそろしい目をしていた。明日ふたたび会う予定なので、どう接すべきか湊は悩んでいた。
「ラルフ……ラルフねぇ……んん~、金色ピカピカ? 」
人選を間違って要領を得ない答えが返ってきた。ラルフの話に反応した他の兵士が寄ってきて様々な意見が飛びかう。
「グルメ」
「すげーモテる」
「潔癖」
「そりゃ、オメーが不潔すぎるんだろ」
酒の入ったカップを持ってきた食堂の親父ががなり声をたて、目元しか見えないくらい髭モジャの男が大笑いした。ワイン片手に乾杯した兵士たちの笑い声が食堂へ反響する。若いシヴィルも輪へ加わり酔っ払いたちの歌がはじまった。
遊び疲れたエリークは酒盛りがはじまる前に部屋へ帰った。料理作りを終えた親父が湊のとなりへ腰を下ろし酒を飲みはじめる。
「ラルフの御方が来てから、この地域も良くなったんだぜ」
ラルフが派遣される前は別の官僚がこの地域を治めていた。だが帝国の目が届かないのをいいことに使い捨てのような重労働を課す官僚だった。食堂の親父は元兵士で両足にケガを負い路頭に迷ったが、ラルフが来てから食堂へ雇い入れられ今に至るという。
「まぁ年寄りのざれごとだと思って聞いてくれ。ここいら帝国がくる以前は、狼を祖先にもつ部族が治めててなぁ。かがやく目が狼の象徴なもんで、あの目をもつ御方も同じ狼だって人気があんだよ」
豪快に笑った親父はワインを飲み干し、消えゆく年寄りたちの伝え話を聞かせる。
――――親父の話を聞いたせいで、その日の夜に夢を見た。
どこまでも伸びる星々の光の道をはしる。先にはかがやくオオカミがいて湊を導く。そのうちオオカミは夜空の衣をまとう姿へ変化して唇がほほえんだ。