ナディムの話
景色を見渡せば、水路にそって果物の木がならぶ。畑の大きな石を取りのぞき、ひと仕事終えたナディムは果物を手にとった。すこし酸っぱくて甘いザクロは瑞々しいルビー色の果汁を湛えている。
山間の緑部をこえた向こうに砂漠が見えた。ザクロの実を数つぶ口へふくんだナディムは、農機具とザクロの実をロバへのせ崖道をおりる。
「今日もいい天気だなナディム! 畑にいたのか? 」
いとこのハサンがロバに餌をやっている。彼は日の明けないうちから山を下り、麓の村へ出かけていた。
岩だらけな山の斜面にあるナディムの村は岩を積んで作った家が点在し、旅人も訪れないくらい僻地にあった。いとこのハサンは行商人、村で収穫した物をよその村や町へ売り回っている。
ナディムが半分に割ったザクロを渡すと、ハサンは近くの垣根へ腰かけて実をついばんだ。
「やっぱ下で採れるのより、村で採れたザクロのほうがウマいなぁ」
ハサンの納屋には干し草のほか、村でとれた実を乾燥させて詰めた大袋があった。
「つぎは遠出かい? ハサン」
「砂漠の町まで行こうと思ってな。ナディムもいっしょに来いよ! 村じゃ需要がないから持ってこないけど、おもしろい工芸品もたくさんあるぜ。青色のタイルでつくった建物も最高にきれいなんだ」
「ええ~ボクは遠慮するよ、ヤスミンも寂しがるし」
「息子のアフリが生まれて、そろそろ半年になるのか? 」
ナディムには妻子がいた。砂漠の町へ往復するのに1週間かかり、そのあいだ家と畑を空けなければならなかった。いとこの話は毎回たのしみだがナディムはいまの暮らしに満足していた。山の小さな村は豊かな恵みとおだやかな時間がながれてる。
村長の家の煙突からけむりが昇り、午後の礼拝の時間を知らせた。ナディムはハサンを連れて村長の家のうらにある洞窟へむかった。岩を掘った浅い洞窟の側面は柱になっていて明るい。せまい場所へあつまった村人たちを中心の炎が照らす。絶えず燃えつづける炎へ各々いのりの言葉を捧げてる。
ハサンを夕食へ誘い、ナディムたちは平安に過ごしていた。
「大変だナディム! 村長の家が燃えてる!! 」
離れた場所にたつ隣家のイアンがドアを叩いた。妻子を家へのこし、ハサンたちと村長の家へはしった。手が付けられないほど燃えてる村長の家を呆然とながめてたら、となりに立っていたイアンが突然たおれた。
「イアン!? 」
「騎馬族のやつらか!? こんな山奥にまで!? 」
馬影が通りすぎ火の矢が降ってくる。ハサンと道をかけ下りていたら賊に追いつかれた。
「ナディム、先に逃げろっ!! 」
塀の農機具を手にしたハサンは、賊とのあいだへ立ちふさがった。ハサンを置いて走ったナディムが見たのは燃えさかる自分の家だった。
――――みんな燃えた。なにもかも無くなってしまった。
子供を守るため家へ立てこもったヤスミンとアフリも燃えてしまった。逃げまどう人々の声も静かになり、ふらつくナディムは炎に包まれる村を見渡した。左目はつぶれ切りつけられた背中から血がながれる。やけどした腕と足の皮膚は剥がれていく。
高温の空気にノドが焼け、ナディムはその場所へ膝をつく。意識のうすれるなか輝く足が目のまえへ現れた。燃える炎のような美しい人が見下ろしていた。
「平和であるようにたくさん祈った。どうして、どうして? カミサマ? 」
『勝手にねがいを捧げているのは人だ。私はただそこに在るもの、人同士のあらそいの歴史に介入できるほどの力は持ち合わせてはいない』
帰ってきた答えにナディムはさめざめと泣いた。裏切られた思いではなくて、なにもかも無くなってしまった事が悲しかった。ナディムがあまりに泣くので見かねたカミサマは声をかけた。
『小さな願いなら私にも叶えられる。望みはあるか? 』
妻子の顔が頭へうかび、ハサンが楽しそうに語る記憶が走馬灯みたいに過った。眼前のカミサマは対価につぶれた左目を要求して、代わりに自分から取りだした目をナディムへ与えた。
『逝ってしまった者達をよみがえらせることは出来ないが、おまえを燃えさかる死地から出してやろう。ここへ留まるのも飽いた。おまえの訪れる地へ私も訪れるとしよう。ひろい世界を見てくるといい、ナディム』
炎のように美しい人はナディムそっくりな容姿へ変化した。綿毛ヒゲをゆらし、左目は失くしたナディムの目になっていた。燃えさかる村といっしょにカミサマは揺らいで消えた。
「カミサマ!? 」
大きな声をだすと、岩かげの小鳥が飛びたつ。周囲は静けさがただよい、ときおり岩山を旋回するハゲワシの鳴き声がきこえる。
炎は消え、長い年月が経ったような村の跡が残されていた。森のなくなった岩山に垣根や基礎がのこり荒涼としている。起きあがったナディムはおどろいた。傷や火傷は治り体も痛くない、左目はカミサマにもらった義眼になっていたが不思議なことに見えてる。
跡形もない村長の家を通って洞窟へ行けば、炎の消えた神殿は遺跡と化していた。村をまわったナディムは風化した骨を洞窟へ埋葬して山をおりた。
ハサンに似た服装の人に声をかけたら行商人だった。
「山の遺跡へ行ってたのかい? 物好きだねぇ」
ふもとの農村は町になっていた。灌漑用水路がひかれ、レンガづくりの建物がある。ハサンに聞いた砂漠の町みたいな雰囲気だけど、山の村から出たことがないナディムは以前の姿を知らない。
「あんた珍しい石持ってるね、しかもキレイな結晶だ。売るのならちょっと待ってな、私は宝石の買い取りしてないけど良い行商人を紹介するよ」
ナディムは崩れた自分の家を掘っている時に石を見つけた。畑仕事がおわって岩山で見つけたキレイな石を家に飾っていたのだ。
とんとん拍子に話がすすみ、いい行商人と巡り合ったナディムは行商の知識や足になるロバを手に入れた。こうしてナディムは行商人になった。いとこのハサンでさえ目にした事がない土地をめぐり、ロバといっしょに旅をする。カミサマの姿は見えないけど、きっとどこかで見守っているだろうと訪れる先々で祈りを捧げる。
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「それで山をこえて戻って来たの? 」
「そうなんだよ~、強い護衛も必要だし。東の陶器も帰ってくる途中で賊に襲われて、半分は割れちゃったよ」
ナディムはひさしぶりに訪れたヴァトレーネでミナトと再会した。ミナトへ手紙を出した後、ナディムは自身の国の山脈をこえ東の都市を訪れた。都市は異文化がまざり目にしたこともない商品がいっぱいあった。その先は巨大な砂漠がつづき大きな国があることを耳にしたのはいいけど、砂漠をこえる準備がなくて戻ってきた。
満面の笑みをうかべたナディムはミナトへお土産をわたす。アジアンテイストな皿は調度品の棚へ飾られる。実用的な料理皿だがラルフには飾り皿に見えたようだ。
「米だ!! お茶! それに……これって箸? 」
「そうだよ、料理と食事に使うって店主が言ってた。やっぱり東の人なんだねミナト、米の食べかたも知ってる? 」
「もちろん! 今夜ご馳走する! 」
米袋をもって台所へ駆けこむミナトを興味津々なラルフが追いかけていった。
新しいものを見つけるとナディムの心は踊る。ミナトの言う東の果ての国も見つけられるかもしれない。お茶をのんでひと息ついたナディムもミナトの米料理が気になって台所へ走っていった。
シヴィルのひとりごとの前に書こうと思っていたナディムの過去話でした。BLにおけるナディムの需要……と考えて見送ってましたが載せておきます。




