シヴィルのひとりごと20「ライバル多すぎ。助けてミナト、おまえもか~」
「えいやぁ! たぁぁ! 」
カンッ、カンッ。
訓練場で勇ましい声をあげたミナトが木剣をふりおろす。野郎のあげる雄叫びとは異なって、すこし高めの声が広場へこだまする。剣の相手をつとめるのはツァルニ、なごやかな雰囲気で目じりを下げた兵士たちが見守る。
週一でツァルニはミナトの訓練に時間を割く。本来、目じりを下げて挑みかかってるのは僕のはず。ズルいぞミナト、僕は兵長に関しては心がせまいのだ。
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ぬくもりに包まれて気持ちよく眠っていたのに、朝から怒号が飛んだ。
「シヴィル! 酔って俺の布団で寝るなと、何度言えばわかるんだ! 」
「うう~……」
きのう飲みすぎて声が頭へひびく。ツァルニが起きてる時間だと床寝コースだから、寝しずまって布団へもぐりこむのが正解。酔っぱらって覚えてないけど何もしてない、たぶん。
ツァルニのぬくもりに埋もれるため潜れば、引きずり出されて床へ転がった。
「うぅ~頭がいたいよ~。ツァルニ、チューでなおしてよ」
「2日酔いにはこれが効くそうだぞ」
「ん~~苦ぃっ。ぐぇぇ、鬼~」
床へ横たわり唇をチュウの形にして待ってたら、にがい草を口へ押しこまれた。
昨日はミナトが帰ってきて皆でパーティーをした。夜になってミナトを屋敷へ送ったあとも兵舎ではバカ騒ぎがつづき、酒を浴びるほど飲んだ。おかげで2日酔いがはげしい。
本日はラルフもヴァトレーネへ帰還する。道理でツァルニのコンディションは最高なわけだ。僕のほうは低迷ぎみ、なぜなら最近ライバルが増えたように感じるから。
非番の僕は、ツァルニの部屋へ持ちこんだ布団をたたんだ。ちゃんと片付けないと出禁になってしまうのは経験ずみ。朝ごはんには遅い時間だけど、食べ物をもとめて食堂をさまよっていたら親父が顔をのぞかせた。
かたくなったパンを煮た残りものスープが出てくる。小さなコップを先に飲むように言われた。レモンの酸味プラス強烈な苦み、ツァルニの部屋で食べた薬草とおなじ味がする。
「うぇぇ、すっぱ苦い~」
「ハハハ、2日酔いにはよく効くぞー」
昨晩バカ騒ぎした兵士たちがこれを飲み、朝の食堂はうめき声であふれたそうだ。
「おうぃシヴィル、ついでにツァルニへ持ってってくれ」
食堂を退出するとき、親父が手づくりサンドイッチを持ってきた。いそがしくてゆっくり食事をとるヒマもないツァルニを気遣ってる。野菜に肉やチーズが色とりどりに並べられた親父の一品を託される。
「シヴィル、今日は非番だったか? そういえばツァルニ兵長は? 」
回廊でブルド隊長が話しかけてきた。午後に会う約束をしているらしい。隊長と逢瀬、そんな予定は知らない。ほがらかそうに見えるおっさんはやり手なのか、気になって落ちつかない。
兵舎へ入ろうとすれば、建物の影でイリアス隊長がサボっ――休んでいた。
「シヴィルじゃねえか、兵長は? 今日はめずらしく追いかけてないのか? 」
まるで僕がエリークやラルフの妖精みたいに後を追いかけてる言いぐさだ。イリアス隊長はツァルニの表情が以前とくらべて柔らかくなったと話してる。
「いい顔で笑うようになったよなぁ。前はもっと張りつめた感じだったけど、いまは心に余裕が……おいっシヴィル? 」
笑ってるかどうかもわからないツァルニの笑顔の良さを知ってるのは僕だけだった。冗談じゃない、僕は廊下を駆けて彼のもとへ向かった。玄関ホールで港町の文官がツァルニを探してたけど、見なかったことにして通り過ぎた。
ドアを開けようとしたら、中から声が聞こえる。
「……ツァルニ、あの時はすまない。私が戻るまでのあいだ、よくやってくれたのに冷たい態度をとってしまった」
「いいえ……ラルフ様をとりまく複雑さは知ってます。それに、俺はそれほど軟弱ではないですよ」
「そうだな。だから港町へ来たとき、ツァルニを選んだんだ」
ラルフはすでに到着していた。執務室はいい雰囲気、僕の愁いを踏みつけ笑顔で握手を交わしてる。円満な仲直りなど望みではない。そこは2Dのファイティングゲームみたいに『ファイト!! 』だろ、あらそえ、筋肉で戦え。
(キィィ!! ツァルニ、うっすら笑顔からの無表情パンチだ! 太陽もどきをやっちまえぇい!! )
ドアの外で体を上下にガタガタ震わせていたら、チュニックの裾が引っ掛かった。何者かに背後をとられた。いそいでふり返れば、気配もないミナトが困った顔で立っている。
オゥ、ノー。
ひ弱なふりをして、足元へ転がっていた蛮族も彼がやったにちがいない。僕は見誤っていたようだ。ニンジャマンガうんぬんではなく、彼こそがニンジャマスター。降りかかる災いをふりはらい、本命を手に入れるためには彼へ弟子入りしないといけない。
いつまで続くか分からないけれど、平和な日常が戻ってきた。
僕は17才をむかえた。両親はエリークの家族とヴァトレーネの南側へ住み、気軽に訪問できるようになった。リンゴの実がなるのが楽しみだ。北城塞都市へもどるアッピウス達のなかに、ラドリムの姿があったことだけ言っておく。
ラルフのまぶしい陽光に消しとばされ、ツァルニのきびしい訓練をかいくぐり、灰色オオカミは今日も走りまわる。『ツァルニを真綿でじわじわ計画』は進行中。おっとミナトにもニンジャの極意を教えてもらわなくては、ニンジャマンガのことも話せる日が来るかもしれない。
ツァルニへサンドイッチを手渡し、執務室を出ていく2人を見送っていると、立ち止まった背中にミナトがぶつかった。
「ミナトォ!! 」
叫んだラルフは彼をかついで走っていった。
んん? ミナトってあの時の妖精に似て――――いやいや、そんなわけないか。
お読み頂きありがとうございます。
「シヴィルのひとりごと」はこれにて終了です。あと2話ほど閑話がありますのでお楽しみください。




