シヴィルのひとりごと18「太陽は戻ってきたけれど」
ヴァトレーネ北側は山と川に挟まれてる。ひろい平野と異なり大群は役に立たない、左右から攻撃をくわえ敵の本隊を分断させた。地形を知り尽くした僕たちは、意外にあっけなくヴァトレーネをとり戻した。
黒い毛皮の大男、ヤツの姿は見当たらない。襲撃を察知したグスタフは、本隊を切りはなして北城塞都市へ撤退した。のこされた蛮族を掃討し、抵抗しない者は捕虜にする。
決戦は北城塞都市。息つく間もなく、後方からあらわれた部隊が物資やカタパルトを運ぶための橋を突貫工事で建設した。
あたらしい作戦が伝えられ、僕らは先頭の大隊へ組みこまれて進軍することになった。大型兵器のことは副帝へ伝わっている。正面から進軍すればいい的、はやい話が僕らの所属する大隊は盾。なのにツァルニは大まじめ、同じような顔で兵を招集するアッピウスの姿も見かけた。
バカバカしくてツァルニを攫って山へ逃れたいくらいだ。彼は一生僕を恨むだろうが、それでもいい気がしてきた。
運搬されていくカタパルトを眺めてたら、兵士たちにどよめきが起こる。
大馬へのった帝国の重騎兵隊があらわれた。先頭にいる男の金髪がなびき、兜の奥で黄金色の瞳が輝く。雨天へ太陽が射したように兵は湧きあがった。重騎兵隊を連れたラルフは僕たちのところへきて馬を降りた。
「遅くなった。ヴァトレーネの奪還、よくやってくれた。私も北城塞都市戦では大隊の先頭へたつ、皆ひき続きよろしくたのむ」
兜も脱がない男が言い放った。違和感、親しみはいっさい感じられない。まるで線を引いて距離をとっているみたいだ。
名前も呼ばれなかったツァルニの表情は硬くなった。いつも不愛想な顔を観察してる僕にはバレバレ、そんな大きい太陽みてないでこっち向いてよ。僕は太陽にはなれないけど、いっしょにいたらきっと楽しいよ。
どうして腹立たしい気持ちになるのだろう、彼の視界にも入れなくて後ろでワンワン吠えてる灰色オオカミ。滑稽で自分でも笑える。
「ところで……このなかにミナトの行方を知ってる者はいないか? 」
感情にまかせて知らねーよ、とは吐きすてなかった。きっと戦が嫌になって自分の国へ帰って平和に暮らしている。あくまで僕の憶測、気やすめの言葉を受け取ったラルフは少しうつむいてマントをひるがえした。
そのまま帝国の重騎兵隊を率いて行ってしまった。僕らではなく知らないヤツらを連れて、ツァルニの横顔が無言でラルフを見送る。
かみ合わない歯車のうごきがちょっとずつズレていく。もしもミナトがここにいたら違う展開が待っていた? 道を見失った僕は天を仰いだ。
「いくぞ」
「え……でもツァルニ……」
ラルフの変化、ひとこと言っても良かった気がする。なにも言わないツァルニは皆のもとへもどった。角笛の合図で歩兵隊が行進をはじめ、山岳馬へのった僕らも隊列を組んだ。僕はツァルニのうしろ、後方にはブルド隊とイリアス隊がつづく。
ラルフは大隊の先頭、はるか前にいて姿も見えない。よっぽど悄然としていたらしい、ツァルニは馬の歩くスピードをおとして話しかけてきた。
「……大きな戦いになる。俺たちに出来ることをしよう、シヴィル」
ハッとして声のした方向を見れば、ツァルニが僕を見ていた。名前を呼ばれた僕の心臓は武者ぶるいをおこし全身の毛が逆立つ、いまならカタパルトの弾になれと命令されてもなれそう。
問題はこの状況でツァルニをどう生かすか、それ以外に僕のリソースは割けない。ほかの仲間にはあとで謝ろう。
北城塞都市の南側へ到着した。外壁はくずれ去り町が見えてる。蛮族が建物を移動して、廃墟となった都市へ大勢の敵が潜んでることは容易に想像できた。
矢のとどかない位置へ整列して陣形をとる。号令がひびき進軍が開始された。東の川から来るはずだった援軍は遅れているため、西と南から侵攻する。
本当にいやな振動で鳥肌がたつ。設置されてる場所はわからないけれど、かくじつに敵の大型兵器が作動してる感覚。塹壕もない街道は身をかくすところもない、最後はツァルニを抱きしめて灰になろうかと僕は考えた。