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ヴァトレーネの街



 のぼった太陽は山を照らし、広場へ山影を移動する。展望ができた湊はおおきく伸びをした。窓の外をながめると、水場へ兵士たちが集まり水浴びしている。


 あいかわらず硬いベッドを(ととの)え、共同の洗面所で顔を洗う。エリークとあいさつを()わし朝食の麦がゆを食べた。エリークは両親が見つかり、1週間後に帰郷(ききょう)が決まっていた。


町のことを質問していると、隣で(かゆ)をかきこむ青年が顔をあげて案内を申しでた。


「ミナトも町に住むなら、知りたいこと多いだろ? けっして訓練をサボるためじゃないって、ホントだよ! ツァルニに言ってくる! 」


 シヴィルは笑顔で席を立ち、あっという間に姿が見えなくなった。小さいエリークもいっしょに行動するので、地元の案内人がいるのは心強い。


ダッシュで戻ってきた青年は、ツァルニがいなかったから書置(かきお)きしたと言った。




 朝の方が活気づいてるため、午前中に出かけようとシヴィルが提案する。町の中心部まで距離があり、2頭の馬へ分かれて乗る。


「ミナト~、馬で走れるくらいにはなった方がいいかなぁ」

「ははは……」


 初日に見かけた体高の大きな馬ではなく、ちょうどいいサイズの馬だ。乗馬のレクチャーを受けたけど、乗ると言うより乗せられている。シヴィルのように走らせることはできず、馬の歩くまま後ろをのどかについていく。


こんなにのんびり自然を歩くことは卒業旅行以来(いらい)、社会人になってから(ほとん)どなかった。エリークは馬に乗れただけでとても楽しそうだ。




 平らな街道を馬で歩くと、川の両脇に石づくりの住居が見えた。ほそい木の橋が()かり住人たちが渡っている。建物が増えて塔と大きな橋が出現した。


「あの塔は見張(みは)り台。中央の橋は北と南のとおり道で、交易(こうえき)の馬車はそこを渡るんだよ」


 屋根つきの(うまや)へ馬をあずけ、シヴィルが指さした橋へ向かう。活気のある時間帯で行きかう人も多く混雑している。傾斜(けいしゃ)のある石畳(いしだたみ)の下は、アーチ状の眼鏡橋(めがねばし)だ。街の中心をながれる青い川は天空と地上をつなぎ、深い(ふち)がエメラルドグリーンへ変化する。


無意識(むいしき)にポケットへ手が伸び、スマートフォンがないことに気づいた。


「……カバンに入れてたっけ」


 美しい景色を写真に撮ることができず、行方の知れないカバンを(おも)う。




「ミナト! こっちこっち」


 エリークと同じくらいはしゃぐシヴィルに手を引かれた。石レンガの建物の1階は商店になっていて、さまざまな地域の品物が色とりどりに置かれる。交易が(さか)んな港にも近いため、東西南北の調度品(ちょうどひん)がならぶ。


 せまい路地をぬけると市場がひらかれていた。荷物を降ろした行商人(ぎょうしょうにん)たちが広場のスペースへ商品を用意する。小麦やチーズ、果実酒に調味料のスパイス、はたまたオリエンタルな柄の織物(おりもの)なども展示される。

海外のマルシェを訪れたみたいで、目うつりしながらウロウロした。グレープフルーツほどの赤い実が山積(やまづ)みされて、実を()った店主が客とやり取りしていた。


 実にはルビー色の粒々がいっぱい詰まってる。


「ザクロだ……」


「もっと南が産地だけど、このあたりでも採れるよ」


 ちいさな種のまわりを瑞々(みずみず)しい実がつつみ、どうやって食べるのか聞いたらシヴィルが隣の店を()す。しぼり機でザクロを(つぶ)し、真っ赤な果汁がガラス(びん)へ流れこむ。ジュースを作ってる人の服は赤い汁が飛びちり惨劇(さんげき)だが、食欲をそそる色だ。注文しようとして湊はあることに気付いた。


 異世界に飛ばされたサラリーマン無一文(むいちもん)


 近年スマートフォンで支払いを済ませられる。少額の小銭(こぜに)はあったものの日本円、ここで使えそうなお金は持っていない。物を買うにはまずお金、ガックリうなだれた湊の肩をシヴィルがたたく。


「飲みたい? 僕がおごるよ」


 断わろうとしたけれど目を輝かせたエリークを見てしまい、シヴィルのことばに甘えることにした。ジュースはさわやかで甘酸っぱい味だった。(かせ)いだ後にジュース代を返すと伝えたら、シヴィルはニヤニヤした顔で笑う。


「そう? じゃあ何返してもらおっかな~」


 とんでもない約束をしてしまったのではないかと、湊は身ぶるいした。




「そういや、ここの通貨(つうか)って何使ってるの? 」


「ミナトは東の果てから来たんだっけ? この町は銅貨(どうか)銀貨(ぎんか)、上の人は金貨(きんか)使ってたりするよ」


 肩をすくめたシヴィルは自分の持ってるコインを見せた。単位は銅貨120枚くらいで銀貨1枚。銀貨24枚くらいで金貨1枚だそうだ。


「『24枚くらい』って何だよ、くらい(・・・)って!? 」


 むかしは銀貨25枚で金貨1枚。金貨は金、銀貨は銀がそれぞれ(ふく)まれている量で価値が決まる。金も銀も純度のひくい粗悪(そあく)なコインが出まわって貨幣(かへい)の価値は下がり、店では秤量(ひょうりょう)で重さを計っている。


湊は薄っぺらくて不ぞろいな銅貨と厚みのある銀貨を見くらべてうなり、自国の通貨のありがたさが身に染みた。


「重いからそんなにジャラジャラ持てないけど、山間部の村なんかは現物の取引だし、食事は銅貨数枚で買えるよ。たかい買い物でもなければ銀貨1枚持ってりゃ何とかなるかな、金貨はラルフかツァルニにお願いしたら見せてもらえるかも~」


 シヴィルは銀貨をくるくる回して腰の袋へ仕舞(しま)う。庶民(しょみん)がそうそう金貨を持てることは無さそうだ。シヴィルが昼ごはんがわりの果物とパンを買い、坂道を下ると川べりの広場へ着いた。




「ここでお昼食べよう! 」


 石段へ腰をおろしたシヴィルは、さっき買ったパンと果物を袋から出した。3人ならんで親子ほど間をつめて座り、パーソナルスペースなど皆無(かいむ)なシヴィルとエリークにはさまれる。


太陽は真上へのぼり木影を()くする。石が丸く配置された広場の水ぎわは階段になっていて、接岸(せつがん)した小舟がやや激しい波に押されて揺れた。


「エリーク、サンダル流されるなよ~」


 贅沢(ぜいたく)余暇(よか)を過ごしているようだ。エリークが水ぎわで足を(ひた)して遊び、平和なひとときが流れた。




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