表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/68

シヴィルのひとりごと15「遠くからながめた炎」




 さむい。




 収穫期(しゅうかくき)がおわり1カ月もすれば山岳(さんがく)地方は雪がふる。もうすぐ冬がやってくる。温暖(おんだん)な地域で育ったラルフはヴァトレーネの冬が寒すぎて家を改造した。そんな話を兵長から聞いたことがある。


ツァルニも南の沿岸部(えんがんぶ)出身だから山岳は少々さむく感じるかもしれない、馬へ乗せた彼の体が冷たくて心配だ。




 追手を警戒しつつ西の山道へでた。道といってもほとんど獣道(けものみち)、すこし進んだところで弓をかまえた兵に囲まれた。武器は川で()くし、なにも持ってなくて緊張する。


「シヴィルか!? ツァルニ兵長も無事(ぶじ)だったか!! 」


 グスタフとの戦闘に加勢(かせい)した隊長だった。


 緊張がとけて安堵(あんど)の息をつく。僕とグスタフが()み合っていた崖は崩落(ほうらく)し、混乱に(じょう)じて隊長も兵とともに退却した。(しげ)みから続々とヴァトレーネの兵士たちが姿を現わす。山岳隊の数はだいぶ減っていた。


「あの光は!? 」

「ヴァトレーネの方角だ……」


 空へ閃光(せんこう)がはしった。皆の視線の先で大きな煙と炎が立ちのぼる。数秒して木々をゆらす轟音(ごうおん)がこちら側へとどいた。山の向こうで町は見えないけれど、あの日の記憶を思いだす。ヴァトレーネの壊滅(かいめつ)、ラルフとミナトの安否を思った。


「敵の本隊がヴァトレーネ軍と衝突したようだな……。俺たちは西の山を()えて街道へくだり、港町へむかうぞ」


 残存(ざんぞん)する数では敵の本隊をうしろから奇襲するのも無理がある。この人もブルド隊長とおなじ、状況の見極(みきわ)めができている。絶望感のただよう兵たちを隊長は(はげ)まして引率(いんそつ)した。僕もツァルニを連れて歩きだす。




 日が暮れて敗残兵(はんざんへい)たちは()き火をおこし身をよせる。森は静寂(せいじゃく)がただよい、()(えだ)の燃える音が粛々(しゅくしゅく)と聞こえる。ヴァトレーネの炎もここからは見えない。


「ツァルニ兵長の具合(ぐあい)はどうだ? 」


「熱が出てるみたいです。港町まで体力が持てばいいですけど……」


「そうか……おまえも傷だらけで歩きどおしだったろ? 薬はないけど、これ食って体力つけとけ」


 隊長はとなりへ腰をおろして、(あぶ)ったパンと干し肉のカケラを僕の手へのせた。ツァルニの右目は他の兵士に渡された薬と布で出血がとまった。ぬれた服を脱がせ、隊長のマントを借りて体を包んでる。


僕のほうはパンツ1枚で焚き火のそばにいる。明日の朝までに服が乾けばいいな。




 隊長に感謝したいけど、名前を思い出せなかった。ごまかして(たず)ねたら隊長はあきれた声をだす。


「イリアスだ。おまえなぁ、いくら直属(ちょくぞく)じゃないからって隊長クラスの名前くらい覚えとけよ」


「へへへ、すいません。覚えるの苦手で……」


 興味がなくて覚えてなかった、というのが事実。ブルド隊長のほうは必然的(ひつぜんてき)に接するので記憶に刻まれてる。


 イリアス隊長はプラフェ州より東側の属州(ぞくしゅう)出身。ラルフが本国から来るまえは港町で隊長をしていた。港町で長く暮らしていたけどヴァトレーネへ移ったそうだ。


「港町は本国のヤツらがいっぱいいるし、ムダにプライドも高くて疲れるんだよ……」


 ちょっとだけむかし話をしてボヤいた隊長は、港町にいたころのツァルニを知っていた。ラルフが着任(ちゃくにん)したとき、若かったツァルニが抜擢(ばってき)された。父バルディリウスは優秀だけど、実績のない息子が町を任されることに対して反発する者もいた。


しかしイリアス隊長のように港町からついてきた者もいる。兵士として体力的に不安のでてきた隊長は、ラルフたちの(かか)げる農業改革に興味をひかれたのだという。


「じっさいツァルニ兵長はよくやってるよ。ラルフ様の方は、さすがディオクレス様お墨付(すみつ)きの能力のたかさと言ったところかな。……おっとラルフ様が『キャベツ爺さん』って呼んでても、おまえは絶対口にするなよ。港町の兵士どもを全員敵にまわすことになるぞ」


 ディオクレスという名は何回か耳にしたことはあるが、本人には会ったことはない。帝国で長年にわたり皇帝をつとめ、故郷のプラフェ州で隠居生活(いんきょせいかつ)をしている貴族らしい。隠居してるけれど、いまでも軍人の信奉者(しんぽうしゃ)は多く私兵を多数かかえている。


『貴族』はウィリアムの世界にもいた。だから彼ら同士の独特のつき合い方があるのはよく分かる。ラルフだから許される行為も、平民の僕ではべつだと言うことも。




「明日も早くから移動する。今のうち寝ておけ」


 肩をたたいた隊長は、見はりの兵士へ声をかけにいった。


 干していた服は乾いてなくて、焚き火のそばに寝かせていたツァルニのマントへもぐりこむ。体は発熱してるのに寒くてふるえていた。彼の体が細菌(さいきん)に勝てるよう(いの)って体温をかさねる。




 僕らの帰る場所は残っているのだろうか。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ